一筋の光
男は、手の中にある信号弾を見つめていた。
外へ出て――この場所の存在を知らせる。そうすれば、みんなが助かる。けれど、死体を捨てに行く時間は、まだ先だった。あの北玄の女は――もう、連れて行かれてしまっただろう。
「……」
信号弾を握る手に、力が入る。いつもの時間まで待って、地上へ出てから信号弾を放てば――あの女は、助からない。けれど、今、地上へ出ることができれば。まだ、間に合うかもしれない。
「……」
男は、唇を噛み締めた。
あの女一人のために――危険を冒す必要があるのか。もし失敗したら。自分だけではない。誰も助からない。
「なあ……」
男は、誰もいない闇へ呟いた。
「どうすればいい……」
返事はない。
「……教えてくれよ……」
その時だった。
どさっ。
足元で、何かが倒れる音がした。
「……」
男が視線を落とす。
そこには――積み上げていた麻が、崩れていた。
男はしばらく、それを見つめていた。
そして――
「……お前だったら、絶対助けるよな……」
ぽつりと呟いた。
その言葉を最後に、男は動き始めた。麻を集めた。古びた衣を取り出し、そこへ汚物を付ける。そして、麻の内側へ、衣を幾重にも敷き詰めていく。最後に、それを巻き上げる。まるで、死体を巻いた麻のように。男は完成した包みを、いつもの台車へ乗せた。
台車を押す。
その中から漂う悪臭が、鼻を刺す。
地上へ続く門へ辿り着く。門番が男を見る。
「門を開けてくれ」
「……」
男は平静を装っていた。けれど、胸の鼓動は、激しく鳴っていた。もし、ばれたら。ここで殺される。そう思うと、背中に冷たい汗が流れた。
門番が台車へ近づく。
「……」
包みを覗き込もうとした。
その瞬間――
「うっ……」
あまりの悪臭に、門番が顔を歪める。そして、何も言わず、門を開いた。
「……」
男は、胸の奥で小さく息を吐いた。
助かった。台車を押しながら、地上へ向かう。背後で、重い扉が閉まった。
ゴォン……。
その音を確認すると、男は台車から手を離した。そして、袖の中へ手を入れる。指先に触れたのは、信号弾だった。男はそれを握りしめ、夜空を見上げた。
怖い。今なら、まだ引き返せる。
それでも、男は信号弾を、天へ向け高く掲げた。そして、暗闇の中へ、一筋の光を打ち上げた。




