白酒の余韻
その晩。
陳家の広間では、豪華な宴が開かれていた。
数時間前に、暗殺騒ぎがあったとは思えないほどに。
次々と料理が運ばれてくる。
酒が注がれ、楽の音が響く。
そして広間の中央では、舞姫たちが華やかな衣を翻しながら、次々と舞を披露していた。
まるで――
先ほどの騒ぎなど、最初から存在しなかったかのようだった。
瑶月は黙って料理を口へ運びながら、舞姫たちの姿を眺めていた。
その隣に座る劉晟が、瑶月にだけ聞こえる声で口を開く。
「……また狙われるかもしれんぞ」
「ええ」
瑶月は小さく頷く。
「渡したものは、きちんと持っているのか」
「もちろんよ」
そう答えながら、瑶月は袖の中へ僅かに手を入れ確認した。
「そうか」
劉晟は短く答えた。
その時だった。
一人の舞姫が、こちらへ近づいてくる。
軽やかに舞いながら、少しずつ劉晟との距離を縮めていく。
肩から垂れた領巾が、ふわりと宙を舞った。
その先端が、劉晟の肩へ触れそうになる。
――しかし。
劉晟は、僅かに身体を引いた。
領巾が何もない空間を撫でていく。
舞姫がさらに一歩近づく。
けれど劉晟は、舞姫へ視線すら向けなかった。
手にしていた杯へ口をつける。
舞姫は劉晟へ視線を向けていた。
明らかに、彼を意識した舞だった。
けれど――
劉晟は、何の反応も示さなかった。
ただ、つまらなそうに目を伏せる。
「……」
舞姫は僅かに困ったような表情を浮かべたものの、すぐに舞へ戻っていった。
そんな劉晟を、瑶月は横から眺めていた。
「……」
胸の奥が、なぜか落ち着かない。
先ほどまで、ただ綺麗だと思って見ていた舞姫。
けれど今は――
彼女が劉晟のすぐ近くで舞っていたことが、妙に気になっていた。
なぜだろう。
自分でも、その理由が分からない。
「綺麗な舞姫ね」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
「そうか?」
劉晟は、淡々と答えた。
「……」
瑶月は、もう一度舞姫へ目を向ける。
そして、隣の劉晟を見る。
先ほどから、彼は舞姫を一度も見ていない。
それなのに――
胸の奥に生まれた、この小さなざわめきだけが消えなかった。
※
そんな二人の様子を――
少し離れた席から、香佳は眺めていた。
「……」
手にしていた箸は、いつの間にか止まっている。
隣に座る陳飛が、それに気づいた。
「もう食べないのか?」
香佳は、ゆっくりと顔を向ける。
「……もういいわ」
「もう少し食べ――」
陳飛が言い終えるより先に、香佳は静かに席を立った。
そのまま、慕容のいる方へ歩いていく。
「……」
陳飛は、ただその背中を見届けるしかなかった。
香佳は慕容の前まで歩いていくと、穏やかな笑みを浮かべた。
「陛下、お酒はいかがですか?」
「少し頂きましょうか」
慕容が盃を差し出す。
香佳は微笑んだまま、その盃へ白酒を注いだ。
「陛下は変わらず、この白酒を好まれるのですか?」
「……」
慕容は、ほんの僅かに間を置いた。
「若い頃は飲んでいましたが、今は果実酒が多いですね」
そう言って、慕容は笑った。
「……そうですか」
香佳も微笑む。
けれど――
その目元だけが、どこか寂しげだった。
広間の奥に座る趙侯拓は、妹の香佳と慕容の姿を静かに眺めていた。
そして――
手にした白酒を、ぐいと煽る。
「……」
香佳が慕容へ酒を注いでいる。
その光景から、趙侯拓は目を逸らさなかった。
本来なら――
我が妹が、あの方の隣にいるはずだった…
盃を置く。
けれど、すぐにまた酒を注いだ。




