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雪紋の月

劉晟は、外行きの衣に身を包んでいた。


 深い紫色の上質な布地。


 そこへ銀糸で細やかな刺繍が施され、所々に黒い布があしらわれている。


 全体の色合いを引き締めるような、落ち着いた装いだった。


 腰に巻かれた帯にも、控えめながら精緻な飾りが施されている。


 髪は後ろで一つに束ねている。


 けれど、耳の後ろからは細かな髪飾りが伸び、動くたびに僅かに揺れていた。


 身なりだけを見れば、十分に品のある正装だ。


 だが――


 衣の裾には、深い切り込みが入っている。


 見栄えだけではなく、動きやすさも重視された造りだった。


 今日は、陳家を訪れる。


 何が起きるか分からない以上、いざという時に動けるようにしておく必要があった。


 劉晟が趙府の大門で、慕容と瑶月を待っていると――


 やがて、屋敷の奥から二人の姿が見えてきた。


「……」


 劉晟は、昨晩の瑶月の言葉を思い出す。


「陛下。趙家に首謀者がいるかは、まだ分かりません」


「だから――」


「揺さぶるために、私に北幻族の衣を身につけさせてくれませんか?」


 自分自身を囮にするような提案だった。


 当然、慕容なら断ると思っていた。


 けれど――


「いいでしょう」


 あまりにもあっさりと、許可を出した。


 それが、劉晟には意外だった。


 そして今。


 慕容の後ろを、瑶月が歩いてくる。


「……」


 劉晟の視線が、瑶月へ向いた。


 額には――


 雪を象った紋が施されている。


 長い髪はすべて下ろされ、その上から、真珠と青い宝石で編まれた薄い髪飾りが掛けられていた。


 幾重にも連なる飾りは、髪を伝い、耳元を通り――


 やがて、額の中央に置かれた一粒の青い宝石へと繋がっている。


 身を包むのは、深い青の衣。


 濃紺から始まった色は、裾へ向かうにつれて、雪のような白へと淡く変わっていく。


 衣の随所には、雪花や月を思わせる細やかな刺繍が施され、薄絹の袖が幾重にも重なっていた。


 けれど――


 何より目を引くのは、その造りだった。


 北玄国で一般的に見られる衣とは、明らかに異なっている。


 北玄の衣が胸元までしっかりと覆う造りなのに対し――


 瑶月の衣は、鎖骨が覗くほど襟元が大きく開いている。


 その上から、透けるほど薄い布を幾重にも重ね、流れるように身体を包んでいた。


 動くたび、青から白へと移ろう布が月光を受けて揺れる。


 北玄の衣とは、似ても似つかない。


 それは――


 北幻族にのみ伝わる、特別な衣だった。


 劉晟は、しばらく何も言わず瑶月を見つめていた。


 その瞳から、いつもの余裕がわずかに消えている。


 北幻族の衣は――


 恐ろしいほど、瑶月に似合っていた。

 

美しい。


 そう表現することすら、おこがましいと思えるほどに。


 目の前にいる瑶月は、今まで見てきた彼女とは少し違って見えた。


 まるで――


 ずっと昔から、この衣を纏うために生まれてきたかのようだった。


 劉晟は、ふと思う。


 人は、あまりにも美しいものを目にすると――


 恐ろしく感じるのかもしれない。


 美しいという言葉だけでは、到底足りない。


 ただ、目の前の光景から目を逸らすこともできなかった。


 瑶月はそんな視線に気づくと、小さく首を傾げる。


「……どうしたの?」


「……いや」


 劉晟は僅かに視線を逸らした。


 その様子を見ていた慕容が、ふっと微笑む。


「よく似合っているとは思いませんか?」


「……」


 劉晟は答えなかった。


 いや――


 答えられなかった。


 慕容はそんな劉晟に顔を向けて、どこか楽しそうに笑った。


「ふふ。やっぱり、そう思いますよね」


見えないはずの慕容があたかも見えているかの様に言う。

 

「……行きましょう」


 劉晟はそれだけを言う。


「ええ」


 瑶月は何も知らないまま、微笑んで頷いた。


 三人は並んで歩き出した。

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