探幽索隠 3
瑶月は、刻印の施された金貨を手に取った。
そして――
軽く咳払いをする。
隣にいる劉晟を、一瞥した。
「……」
劉晟は、その視線だけで意図を察した。
「ああ」
そう言うと、懐から金貨を二枚取り出す。
「手元にそれがあるのも、厄介だと思うから」
劉晟は、刻印の入った金貨を指差した。
「交換しないか」
「……!」
少薬師の目が輝いた。
すぐに嬉しそうに頷く。
「もちろんだ」
少薬師は、差し出された二枚の金貨を受け取ると、満足そうに懐へしまう。
「相手の特徴はあるか?」
劉晟が尋ねる。
少薬師は少し考えてから答えた。
「顔は隠していたが、若い男だ」
「若い男……」
「二ヶ月置きに来る」
瑶月は、その言葉に反応した。
「前回は、いつだったの?」
「先月の頭だ」
「……」
瑶月は静かに考える。
もう、一ヶ月半近く前。
次の取引が近づいているのかもしれない。
「他に、何か特徴はあるか?」
劉晟が続けて尋ねる。
「……」
少薬師は腕を組み、記憶を辿るように考え込んだ。
しばらくして――
横にいた女が口を開いた。
「その男、煙草の匂いがしたよ」
「煙草……」
瑶月が呟く。
煙草は、決して安い嗜好品ではない。
日常的に愛用しているとなれば、それなりの身分か、相応の財力が必要になる。
瑶月は、その情報を頭の中へ刻み込んだ。
その後も二人はいくつか質問を重ねた。
けれど――
得られた情報は、どれも決め手に欠けるものばかりだった。
若い男。
顔を隠していた。
二ヶ月置きに現れる。
煙草の匂い。
そして――
陳家の刻印が入った金貨。
今のところ、それだけだった。
「……今日は、このくらいか」
劉晟が言う。
「そうね」
瑶月も頷いた。
二人はそれ以上の情報を得ることを諦め、薬屋を後にした。
人で賑わう水上の闇市を抜け、再び小舟へ乗り込んだ。
灯籠の明かりが、遠ざかっていく。
船から降りた瑶月は劉晟の後ろを歩いていた。
やがて、山道へ続く亀裂が見えてくる。
その隙間を抜ける直前――
劉晟は、ふと足を止め、顔を上げる。
夜空には、満月が浮かんでいた。
「……」
劉晟はそれを一瞥すると、ゆっくりと振り返る。
そして――
自分が羽織っていた外套を脱ぐと、瑶月の頭からそっと被せた。
「今宵は風が強い」
外套の襟元を軽く整える。
「被って帰れ」
「……分かったわ」
瑶月は素直に頷いた。
大人しく外套に包まれた姿を見て、劉晟は僅かに目を細める。
「行くぞ」
「ええ」
二人は並んで歩き出した。
月明かりの下。
山道を抜け――
そのまま、趙家の屋敷へと戻っていった。
翌朝。
瑶月は、慕容の前へ一枚の金貨を差し出した。
「陛下。こちらを」
「……」
慕容は金貨を受け取る。
そして、親指で表面に刻まれた文字をゆっくりとなぞった。
「陳華再開……」
白綾に隠された瞳は見えない。
けれど、その指先だけが僅かに止まった。
「まだ確定はしていませんが」
劉晟が口を開く。
「調べてみる価値はあるかと」
「……そうですね」
慕容は、静かに答えた。
そして――
金貨を、ぎゅっと握り締める。
次の瞬間には、もういつもと変わらない穏やかな声へ戻っていた。
「近々、陳家にもお邪魔しましょう」
「……!」
そう言って、慕容は趙侯拓へ顔を向ける。
「侯拓。案内を頼めますか?」
「……はっ」
返事をした侯拓の顔は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
陳家。
苗字こそ違う。
けれど――
陳家は、趙家の親戚にあたる。
そして何より。
侯拓の妹――
趙香佳が嫁いだ家でもある。
「……」
侯拓の顔から、さらに血の気が引いていく。
もし。
もし本当に、身内にこのようなことをしている者がいるのだとしたら。
北幻族の女を攫い。
薬を使い。
人の尊厳を踏みにじっているのだとしたら――
「……」
侯拓は、拳を強く握り締めた。




