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雪紋の死体

北河を発つまで、あと数日。


 瑶月たちは、もうすぐ玉都へ向かうことになっていた。


 そのことを、趙姉妹は少し寂しく思っていた。


 だからか――


 今日は瑶月を連れ出し、北河の茶楼へとやって来ていた。


 歳の近い二人と他愛のない話をしながら過ごす時間は、瑶月にとって楽しいものだった。


 こんなふうに、気兼ねなく話せる友人ができたことが嬉しかった。


 やがて茶楼を出る。


「今日は楽しかったわ」


「私もです。また一緒にお茶を飲みましょうね」


 万華が笑う。


 瑶月も微笑みながら頷いた。


 その時だった。


「きゃあああっ!」


 突然、通りの向こうから悲鳴が響いた。


「……!」


 三人が同時に振り向く。


 人々が集まっている。


 その中心には――


 一人の女性が、道端に倒れていた。


 誰かが駆け寄り、震える声で叫ぶ。


「……死んでる」


「誰か、役所へ知らせろ!」


 周囲がざわめき始める。


 瑶月は、人だかりの中へ足を進めた。


 そして――


 倒れている女性の姿を目にした瞬間、表情が変わった。


 女性の身体は、ひどく衰弱し衣の隙間から覗く肌には、いくつもの傷跡が残されている。


 新しいものもあれば、古いものもある。


 鞭で打たれた跡。


 何かで切りつけられた跡。


 打撲の痕。


 長い間、繰り返し傷つけられてきたことが分かる。


「……」


 瑶月は黙って、その身体を見つめた。


 そして――


 女性の頬に残る、古い切り傷へ目を止める。


 その傷も、すでに塞がっていた。


 けれど、その下に残された痕跡は消えていない。


 瑶月の視線が、ゆっくりと額へ移る。


「……」


 そこには――


 一つの紋が刻まれていた。


 雪の結晶を思わせるような、繊細な紋。


 いくつもの細い線が重なり合い、まるで雪が舞い降りる瞬間を描いたような、美しい意匠だった。


 けれど――


 その美しさとは裏腹に。


 女性の身体には、無数の傷が残されていた。


 瑶月の隣で――


 千葉が、女性の額を見つめた。


 そして、小さな声で呟く。


「……北幻族だわ」



 「……北幻族?」


 瑶月が、千葉へ聞き返した。


「私も詳しくはないのですが……」


 千葉は、倒れている女性から目を離せないまま答える。


「皇后陛下の一族だそうです」


「……皇后陛下の?」


 瑶月が小さく呟く。


 千葉は頷いた。


「ただ……その一族は、以前の戦によってほぼ壊滅したと聞いています」


 声が、少し震えていた。


「生き残りも、僅かだと……」


 千葉は、もう一度女性の遺体を見る。


「そのため、慕容陛下が安全な場所で匿っているらしくて……」


「……」


 瑶月は黙って、女性の額に刻まれた紋を見つめた。


 雪のように美しい紋。


 それが、北幻族の証。


 そして――


 その一族は、ほとんど残っていない。


 瑶月の胸の奥に、言葉にできないざわめきが広がっていく。


 その隣では、千葉の顔が青ざめていた。


 無理もない。


 おそらく――


 人の死を、これほど間近で見るのは初めてなのだろう。


「……千葉」


 万華が、妹へ声をかける。


 千葉は小さく肩を震わせた。


「まずは、役所へ行きましょう」


 万華はそう言って、動揺している妹の背中へそっと手を添えた。


「……うん」


 千葉は小さく頷いた。


 瑶月は二人の様子を見つめながら、もう一度だけ――


 女性の額に刻まれた、雪の紋へ目を向けた。


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