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湯上りの問答

その晩。


 瑶月は、私室で沐浴をしていた。


 湯を張った桶には、色とりどりの花びらが浮かんでいる。


 湯気とともに、ほのかな花の香りが広がっていた。


 小雪は瑶月の後ろに座り、湯上がりの髪へ香油を馴染ませながら、丁寧に手入れをしている。


「小雪」


「なんでしょう」


「小雪は、結婚するの?」


 突然の問いに、小雪の手が僅かに止まった。


 けれど、すぐに穏やかに答える。


「私はしませんよ。お嬢様のお側に、ずっといます」


「……そう」


 瑶月は、湯に浮かぶ花びらへ目を落とした。


 しばらく黙っていたが――


「劉晟は、結婚するのかな」


「……」


 小雪は少し考えてから答える。


「劉晟様は皇族ですので、いずれはご成婚されるかと」


「……そうよね」


 瑶月は小さく呟いた。


 小雪は、そんな瑶月の横顔をそっと覗き込む。


「どうされました?」


「……」


 瑶月は小雪を見つめた。


 そして、ふと尋ねる。


「私は、結婚するのかな」


 小雪は一瞬だけ目を伏せた。


「お嬢様も、いずれはされるかと」


「……そう」


 瑶月は、それだけ答えた。


 小雪は何も言わず、再び瑶月の髪へ手を伸ばす。


 香油の甘い香りが、静かな部屋にふわりと漂う。


 その口元が――


 ほんの少しだけ、緩んだ。



沐浴を終えた瑶月は、私室へ戻っていた。


 けれど――


 昼間のことが、頭から離れなかった。


 ――劉晟が、結婚する。


 もしかしたら、すでに婚約者がいるのではないだろうか。


 皇族なのだから、いてもおかしくはない。


「……」


 そう考えると、なぜか胸の奥が落ち着かなかった。


 もし、本当に婚約者がいるのなら――


 私は、このままではまずいのではないか。


 なぜ、そう思うのか。


 瑶月自身にも分からなかった。


 ただ、いくつもの考えが頭の中を巡っていく。


 そして――


 気づけば、足が動いていた。


「お嬢様?」


 後ろから小雪の声が聞こえる。


 けれど、瑶月は振り返らなかった。


 そのまま廊下を進み、劉晟の部屋へ向かう。


 そして、扉の前で足を止めた。


「劉晟!」


 声をかけると同時に、扉を開ける。


「……!」


 部屋で書簡を読んでいた劉晟が、驚いたように顔を上げた。


 目の前に立っていたのは――


 沐浴を終えたばかりの瑶月だった。


 まだ髪には僅かに湿り気が残っている。


「どうした?」


 劉晟が尋ねる。


 瑶月は、そのまま近づいていく。


その瞬間――


 湯上がりの身体から、ほのかに香る香油の匂いが、ふわりと劉晟のもとへ届いた。


「……」


 劉晟の呼吸が、僅かに止まる。


 急いで一歩、後ろへ下がった。


「……?」


 瑶月は不思議そうに彼を見る。


 そして、何の前置きもなく尋ねた。


「婚約者、いるの?」


「……」


 劉晟の動きが止まった。


 まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかった。


 けれど――


 なぜか、反射的に答えていた。


「いないが」


「……そうなのね」


 瑶月は、ほっとしたように小さく息を吐いた。


 それから、何事もなかったかのように背を向ける。


「おやすみなさい」


「ああ……」


 瑶月は、そのまま部屋を出ていった。


 扉が静かに閉まる。


「……」


 劉晟は、その場から動かなかった。


 しばらくして――


 自分の手元へ目を落とす。


 いつの間にか、握っていた書簡が僅かに歪んでいた。


「……なんなんだ」


 静まり返った部屋に、低い声が落ちる。

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