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庶民の令嬢

劉晟は、瑶月の腕の中にいる猫へ目を向けた。


 そして、周囲には聞こえないほどの声で瑶月へ耳打ちする。


「……いつから用意していた?」


「昨晩、玄武に頼んだわ」


 瑶月は、腕の中の猫を見下ろした。


「かわいいでしょう?」


 そう言って、嬉しそうに猫を劉晟の方へ見せる。


 劉晟は少しだけ目を細めると、瑶月の腕から猫を抱き上げた。


「……名前でもつけるか」


「ふふっ」


 瑶月が笑う。


 そんな二人の様子を、趙家の兄妹たちは眺めていた。


 すると――


 万華が、ふいに口を開く。


「お二人は、恋人なのですか?」


「……」


 瑶月の動きが止まった。


 ――恋人?


 その言葉を、初めて聞いたかのように目を見開く。


 そして、隣にいる劉晟へ目を向けた。


「……」


 目が合う。


 瑶月は、なぜか急に恥ずかしくなり、慌てて視線を伏せた。


「ち、違いますわ」


 その隣で――


 劉晟は、何も言わなかった。


 ただ、腕の中の猫を静かに撫でている。


 すると、趙凌が続けて尋ねた。


「では、瑶月さんには、まだ婚約者などはいないということですか?」


「兄様!」


 千葉が慌てて趙凌の背中をつねる。


「痛っ……!」


 趙凌が顔を歪める。


 けれど、そんな兄をよそに、瑶月は丁寧に答えた。


「おりません」


 そして、少し微笑んで続ける。


「私は庶民ですもの」


「……」


 その一言に――


 辺りが、静まり返った。


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 趙家の兄妹たちは、にわかには信じられなかった。


 目の前にいるのは、言葉遣いも立ち居振る舞いも品のある令嬢。


 どう見ても、ただの庶民には見えない。


 けれど――


 瑶月本人がそう言うのなら、何か事情があるのだろう。


 三人は、それ以上尋ねることをしなかった。


 その場の空気を察した千葉が、すかさず口を開く。


「あちらにお菓子などを用意したので、ご一緒にいかがですか?」


 そう言って、庭の奥にある東屋を指差す。


「……ええ」


 瑶月は微笑んだ。


「ぜひ、いただきたいわ」


「では、参りましょう」


 千葉が歩き出す。


 万華もその隣へ続いた。


 劉晟も、猫を腕に抱いたまま歩き出す。


 瑶月はその隣を歩きながら、腕の中の猫へそっと指を伸ばした。


「ふふっ」


 小さな鼻先を、つん、とつつく。


「にゃあ」


 猫が小さく鳴く。


 瑶月は嬉しそうに笑い、もう一度その頭をつんつんと撫でた。


 劉晟は何も言わない。


 ただ、猫を抱く腕を少しだけ上げて、瑶月が触れやすいようにしてやる。


 二人は並んで歩いていく。


 その姿を見た万華と千葉は、思わず顔を見合わせた。


 ――やっぱり、恋人なのではないだろうか。


 二人の後ろを歩く趙凌だけが、何も言わずにその様子を眺めていた。

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