猫の采配
その夜。
瑶月は眠る前に、玄武を部屋へ呼んだ。
「玄武」
「はい」
瑶月は、玄武へ何かを小声で耳打ちする。
「……」
玄武は、少し意外そうに目を瞬かせた。
けれど、すぐにいつもの表情へ戻る。
「承知しました」
そう答えると、玄武は静かに部屋を出ていった。
瑶月は、その背中を見送る。
そして――
何事もなかったように床へ入った。
※
翌日。
趙家の鍛錬所には、大勢の人が集まっていた。
中央に立っているのは、趙凌と劉晟。
周囲には、屋敷の使用人たち。
そして、趙侯拓と万華、千葉。
少し離れたところには、慕容の姿もあった。
その隣には――
猫を抱いた瑶月がいる。
「……」
猫が小さく鳴いた。
「にゃあ」
その声を聞いた慕容が、瑶月へ顔を寄せる。
「本日の救世主は、猫様ですか?」
瑶月は、ふふっと笑った。
「陛下には、なんでもお見通しなのですね」
「そういうことにしておきましょう」
慕容は楽しそうに笑った。
その頃、鍛錬所の中央では――
「劉滄燼さま」
趙凌が矛を構える。
「手加減は無用です」
「……ああ」
劉晟も矛を構えた。
次の瞬間――
二人が同時に踏み込む。
鋭い矛が交差した。
趙凌の矛捌きは、見事なものだった。
一撃一撃が正確で、無駄がない。
まるで教本に載っているかのような、整った美しさがある。
けれど――
劉晟は、それらをすべて捌いていた。
「……」
瑶月は、静かに二人の動きを見つめていた。
趙凌の矛は、確かに劉晟へ届いているように見える。
けれど、実際には届いていない。
瑶月には分かっていた。
――劉晟は、手加減をしている。
ここで劉晟が趙凌を圧倒してしまえば、北玄国の面子が立たない。
かといって、劉晟が負ければ景国の威厳にも関わる。
おそらく劉晟は、引き分けに持ち込もうとしている。
けれど――
趙凌は、なかなか引き下がらなかった。
「……」
瑶月は、腕の中の猫へ目を落とした。
そして――
猫をそっと台の上へ乗せる。
「にゃあ」
猫が軽やかに台へ飛び乗り、両者の間に入る。
「あら」
瑶月が、すぐに猫を抱き上げる。
「ごめんなさい」
その声に、周囲の視線が一斉に瑶月へ向いた。
慕容の口元が僅かに緩む。
趙侯拓は目を瞬かせる。
そして――
「……」
趙凌と劉晟も、動きを止めた。
こうして――
矛の勝負は、決着がつかないまま中止となった。
劉晟は矛を下ろすと、趙凌へ向かって一礼する。
「趙凌さまの矛は、さすがでした」
「……」
趙凌も、少し苦笑しながら礼を返した。
「将軍に比べれば、お粗末なものです」
その言葉に、劉晟は何も答えなかった。
ただ――
瑶月の腕の中で、猫が小さく鳴いた。
「にゃあ」
まるで、自分が今日の勝負を終わらせたことなど知らないように。




