趙府来訪 2
夕餉の時間となった。
一同は食堂へ集まり、食事を囲んでいた。
瑶月は、自分の前に置かれた小さめの卓へ目を向ける。
「……」
そこには、所狭しと料理が並べられていた。
色とりどりの料理に、湯気の立つ汁物。
見慣れない料理も多く、どれも丁寧に盛り付けられている。
自分一人のために用意されたとは思えないほどの量だった。
瑶月の向かいには、趙侯拓とその息子の趙凌、そして双子の娘――万華と千葉が座っている。
瑶月の隣には、劉晟。
そして、皆を見渡せる上座には慕容が座っていた。
こうして並んでみると、なかなか不思議な顔ぶれだった。
北玄国の皇帝。
その臣下である四王の一人と、その家族。
そして、景国から来た自分たち。
慕容が箸を手に取る。
それを合図に、趙侯拓たちも次々と箸を取っていった。
瑶月は、周囲の様子を一度確認してから、自分の箸を手に取る。
しばらくは、他愛のない話をしながら穏やかに食事が進んでいた。
そんな中――
「まさか、景国の将軍を我が家で迎えることになるとは」
趙凌が、劉晟へ視線を向けた。
劉晟は、静かにその言葉を聞いている。
すると、慕容が口を開いた。
「滄燼殿の矛は素晴らしいと聞きます。一度、目にしてみたいものですが……残念です」
そう言って、慕容は少し残念そうな表情を浮かべた。
「陛下」
趙凌が声を上げる。
「近頃、私も矛の鍛錬を始めました」
そこで一拍置き――
「明日、劉滄燼さまにご教授願いたいのですが……」
その目は、礼儀正しい言葉とは裏腹に、劉晟を値踏みするような視線を向けていた。
「……」
趙侯拓が、すぐに口を挟む。
「愚息が失礼なことを――」
だが、その言葉を遮るように慕容が口を開いた。
「滄燼殿。披露していただけますか?」
劉晟は手にしていた箸を静かに置いた。
「喜んで」
「……!」
趙凌の目が、僅かに輝く。
瑶月は何も言わず、静かに周囲を見渡していた。
趙侯拓。
趙凌。
そして――
慕容。
三人の表情を、順番に見つめる。
瑶月は、ただ黙って食事を続けた。
黙って食事を続ける瑶月を、趙凌は向かいから眺めていた。
――こんなに美しい令嬢は、初めて見る。
美しいだけではない。
どこか儚げで、少し目を離せば、そのまま消えてしまいそうな雰囲気がある。
そして――
どこか、零華皇后に似ている。
趙凌は、ふと慕容へ目を向けた。
だから、慕容陛下はあれほど彼女のことを気にかけているのだろうか。
慕容は、愛妻家として有名だった。
その皇后である零華は、滅多に人前へ姿を現さない。
大切にされすぎているため、皇帝が皇后を外へ出したがらない――
そんな噂が、北玄国では半ば当然のように囁かれていた。
王家である趙家ですら、零華皇后と顔を合わせたのは数えるほどしかない。
だが――
一度会えば、それで十分だった。
あの美しさは、そう簡単に忘れられるものではない。
「……」
趙凌がそんなことを考えていると――
隣から、肘をつつかれた。
「兄様」
「……ん?」
千葉が、呆れたような顔でこちらを見ている。
「見過ぎよ」
※
夕餉を終えて戻ってきた劉晟は――
明らかに、機嫌が悪かった。
「……」
部屋の奥で、劉晟は黙ったまま茶を飲んでいる。
青龍は、そんな主の姿を少し離れたところから眺めていた。
何があったのかは、分からない。
明日の矛の鍛錬のことだろうか。
だが、それだけでここまで機嫌が悪くなるとは思えない。
夕餉の席では、特に何かあったようには見えなかった。
――ただ。
青龍は、ふと思い出す。
趙凌が、やたらと瑶月を見ていたことを。
「……」
まさか。
いや、そんなことはないだろう。
青龍は、すぐにその考えを打ち消した。
劉晟がそんなことで機嫌を悪くするはずがない。
……たぶん。
青龍は、それ以上考えるのをやめた。
そして、できるだけ慎重に行動する。
物音を立てない。
余計なことを言わない。
今の劉晟には、近づかない。
そんなことを考えながら、ふと隣にいる白虎へ目を向けた。
「……なあ」
「ん?」
「何があったんだ?」
青龍が小声で尋ねる。
白虎は、劉晟をちらりと見た。
「んー?」
そして、あっさりと答える。
「なんもないよ」
「……」
青龍は、静かにため息をついた。
やはり、白虎に聞いても分かるはずがない。
青龍はそれ以上尋ねることを諦め、窓の外へ目を向けた。
夜空には、月が静かに浮かんでいる。
「……」
その月を眺めながら、青龍は思った。
――一体、何があったんだ?
そのすぐ後ろでは――
劉晟が、湯気の立つ茶を静かに飲んでいた。
その表情は、いつもと変わらない。
ただ――
茶を飲む手だけが、ほんの少し強く握られていた。




