治らぬ傷 1
一行を乗せた馬車は、三白州の川上へ向かうように、北へ北へと進んでいった。
進むにつれて、少しずつ気温が下がっていく。
いつしか季節は移ろい――
秋雨の降る頃となっていた。
馬車の窓から入り込む風は、少し冷たい。
雨が続くことで空気には湿気が増し、衣服の隙間から入り込む冷気が、身体の奥まで染みてくるようだった。
そのせいか――
すでに癒えたはずの傷が、瑶月の身体の中で、きりきりと痛み始めていた。
「……」
瑶月は、時折眉を寄せながらも、何も言わなかった。
そんな瑶月の隣では、小雪が甲斐甲斐しく世話をしていた。
「お嬢様、寒くありませんか?」
そう言って毛布を掛け直す。
傷が痛むと分かれば、薬を塗り直す。
少しでも瑶月の身体が楽になるようにと、小雪は何度も瑶月の様子を気にかけていた。
やがて一行は、北玄国の国境を越えた先にある宿場町へ辿り着いた。
長い旅の疲れもあり、瑶月は少しぼんやりとしていた。
馬車が止まる。
「着きました」
外から声がかかる。
瑶月はゆっくりと立ち上がった。
そして、馬車から降りようとした――その時だった。
「……っ」
足元が、ふらりと揺れた。
身体が傾く。
「瑶月!」
すぐ隣にいた劉晟が、とっさに腕を伸ばした。
その身体を受け止める。
「……大丈夫か?」
「……ええ」
瑶月はそう答えた。
けれど――
劉晟の表情が、僅かに変わる。
抱き留めた身体が、妙に熱い。
「……瑶月」
劉晟は、瑶月の額へ手を当てた。
「熱がある」
「……え?」
瑶月自身には、その自覚がなかった。
けれど、額に触れた劉晟の手には、はっきりと分かった。
瑶月は発熱していた。
「……小雪」
「はい!」
劉晟は瑶月を抱き上げた。
「医官を呼んでくれ」
「すぐに!」
小雪が慌てて頷く。
劉晟はそのまま瑶月を抱えて宿へ入っていった。
部屋へ入ると、寝台へゆっくりと瑶月を下ろす。
瑶月の頬は、発熱のせいか薄らと赤くなっていた。
「……少し、熱いわね」
瑶月が呟く。
「無理に話さなくていい」
劉晟はそう言うと、瑶月の額に手を当てたまま、静かに様子を見ていた。
その頃には、小雪も急いで薬材を抱えて戻ってきていた。
「お嬢様の薬材を持ってきました!」
そして――
「北玄国の使者の中に医官がいるそうです。今、呼んできます!」
そう言い残すと、小雪は再び部屋を飛び出していった。
残された劉晟は、寝台に横たわる瑶月を静かに見つめていた。
しばらくすると、医官が続々と部屋へ入ってきた。
瑶月の状態を診ると、薬や必要なものを用意するため、それぞれ部屋を出ていく。
そのうちの一人が、劉晟のもとへ残った。
「以前の怪我の影響でしょう」
医官は、眠っている瑶月へ一度目を向ける。
「お身体が、以前よりも弱っておられます」
「……」
劉晟は黙って聞いていた。
「今回の熱も、冷えと疲れが重なったのでしょう。数日、ここでゆっくり休めば、熱は下がると思います」
「そうか」
「熱が下がってから、玉都へ向かわれるのがよいでしょう」
劉晟は頷いた。
玉都までは、あと六日ほどの道のりが残っている。
急ぐ必要はない。
瑶月の身体を優先すべきだった。
「分かった」
医官は一礼すると、部屋を出ていった。
静かになった部屋の中。
劉晟は、寝台で眠る瑶月へ視線を向けた。
頬には、まだ熱の赤みが残っている。
穏やかに眠っている横顔を、劉晟は黙って見つめていた。
以前の怪我で、瑶月の身体は以前より弱くなっている。
これから先も――
彼女は、この傷と付き合っていかなければならないのだろうか。
そう思うと、胸の奥が痛んだ。
劉晟は、何も言わずに瑶月の布団をそっと掛け直した。




