三白州の夏 3
劉晟は瑶月を抱えたまま人混みを避けるように川辺まで走り、ようやく人の気配が遠ざかる。
劉晟は足を止め、ゆっくりと瑶月を地面へ下ろした。
川の水は澄んでいて、青く輝いている。
風が瑶月の頬を撫で、乱れた髪をふわりと吹き上げた。
劉晟は手を伸ばし、瑶月の髪を指先でそっと整える。
「ありがとう」
「あぁ」
短い言葉を交わす。
そして劉晟は、懐からあるものを取り出した。
「……」
瑶月の瞳が揺れる。
それは、瑶月が天牢へ入った際、兵士に没収された簪――劉晟から贈られた歩揺だった。
また、この簪を目にすることができるとは思っていなかった。
「……どこで見つけたの?」
瑶月が尋ねる。
劉晟は手元の歩揺へ視線を落としたまま答えた。
「青龍に取りに行ってもらった」
「わざわざ景都まで?」
「あぁ」
淡々と答える劉晟を見て、瑶月はふふ、と小さく笑った。
そして歩揺を見つめる。
「それなら……」
瑶月は少しだけ劉晟へ身体を寄せ、自分の頭をそっと傾けた。
「……あの時みたいにつけて」
劉晟の口元が、ほんの僅かに緩む。
そして、瑶月の髪へ歩揺を戻した。
風が吹くたび、歩揺が小さく揺れた。
日も暮れ、瑶月と劉晟は屋敷への帰路についていた。
祭りの喧騒も、今では遠くに聞こえる。
楽しい時間は、いつもあっという間だ。
瑶月は、そんなことを思いながら歩いていた。
その後ろには、ようやく二人に追いついた朱雀たちの姿がある。
瑶月と劉晟の間に、多くの会話はなかった。
けれど、不思議と穏やかだった。
ただ隣を歩く。
それだけで、心が落ち着いていた。
しばらく歩いたところで、瑶月が重い口を開いた。
「……あの日、劉安陛下が言っていたこと……」
劉晟は、何を指しているのかすぐに分かった。
「ああ」
少し間を置いて、静かに続ける。
「東州の屠城にいた不明軍は、俺に汚名を着せるためだったものだ」
「……そう」
「安心しろ。承琰が今、調べている」
そして、淡々と付け加える。
「皇帝にしか手に入らない情報もあるからな」
瑶月は遠くへ視線を向けた。
あの屠城には、きっと自分が知らない様々な思惑が絡んでいたのだろう。
そう思うと、胸の奥が重くなる。
瑶月はしばらく黙っていた。
そして、もう一つのことを口にする。
「……慕容陛下とのことは……」
劉晟が瑶月を見る。
「おそらく、そろそろだろうな」
一呼吸置いて。
「もう時期、北玄国へ行かなければならない」
その言葉に、瑶月は何も返さなかった。
ただ、暮れゆく空を見つめていた。
昼間の祭りが嘘のように静かな夜だった。




