三白州の夏 1
三白州を一言で表すなら、水の都だった。
街のあちこちには、幾筋もの細い小川が流れている。
家々や店はその流れに沿うように建ち並び、人々の暮らしもまた、水と共にあった。
今でこそ穏やかな土地だが、数十年前までの三白州は、水害の多い土地として知られていたという。
大雨が降れば川はたちまち増水し、何度も街を水に沈めたが、ここ数年は大きな水害も起きていない。
それでも、かつて水に苦しめられた人々の記憶は、土地の中に残っている。
その名残の一つが、毎年夏に行われる水神祭だった。
三白州の街を流れる小川に、細い竹を浮かべる。
その竹の上に舞い手が立ち、水面を渡るようにして、水神へ捧げる舞を披露するのだ。
水の上で舞うという、この土地ならではの祭り。
景国内でも珍しい風習であり、その姿を一目見ようと、毎年夏になると多くの旅人が三白州を訪れる。
祭りの日が近づくにつれ、普段は穏やかな街にも少しずつ人が増えていった。
川沿いには色とりどりの飾りが施され、店先には祭りの日に合わせた品々が並ぶ。
そして今年は――
瑶月と劉晟も、その水神祭を見に行くことになった。
小雪や朱雀たちも同行することになり、屋敷を出る頃には、皆どこか浮き足立っていた。
何より瑶月は、祭りの話を聞いた時から楽しみにしていた。
「水の上で舞うなんて……どんなものなのかしら」
そう呟く瑶月の隣で、劉晟は静かに彼女を見つめる。
「実際に見れば分かる」
「ええ。楽しみだわ」
瑶月は嬉しそうに微笑んだ。
その姿を見た劉晟も、ほんの僅かに目元を和らげる。
こうして二人は、三白州の夏を彩る水神祭へと足を運ぶことになった。
水神祭の日。
三白州の街は、普段とはまるで違う顔を見せていた。
小川の両岸には色とりどりの飾りが施され、通りには大勢の人が行き交っている。
川面には細い竹が幾本も浮かべられ、その上には、華やかな衣を纏った舞い手たちが立っていた。
水面が揺れる。
舞い手が一歩踏み出すたび、竹がわずかにしなる。
それでも彼らは足を止めることなく、流れる水の上で優雅に舞っていた。
「……綺麗」
瑶月が思わず呟いた。
その瞳は、舞い手たちの姿を追っている。
劉晟は、そんな瑶月を見ていた。
「水の上で踊るなんて、すごいわね」
「ああ」
瑶月は夢中になって身を乗り出す。
その拍子に、袖がふわりと滑った。
白い腕が覗く。
そして、その肌に残る傷跡が一瞬だけ陽の光に晒された。
「……」
劉晟の目が止まった。
祭りの喧騒が、ほんの一瞬だけ遠のいたように感じる。
目の前にあるのは、もう癒えた傷。
それでも。
その傷が刻まれた理由を、劉晟は知っている。
あの時、瑶月がどれほど傷つけられたのか。
どれほど耐えたのか。
どれほどの痛みを、この細い腕に残したのか。
「瑶月」
「なに?」
呼ばれて、瑶月が振り返る。
劉晟は何も言わなかった。
ただ、ずれた袖をそっと引き下ろし、傷跡を隠す。
「……袖が」
「あら」
瑶月は自分の腕を見て、ふっと笑った。
「ありがとう」
そう言って、また川面へ視線を戻す。
「ほら。今度はあの人、片足だけで立っているわ」
「そうだな」
瑶月は楽しそうに舞を眺めている。
劉晟はその横顔を見つめた。
祭りの音。
人々の笑い声。
水面に反射する陽の光。
そのすべてが穏やかで、眩しい。
だからこそ。
その中に一瞬だけ覗いた傷跡が、ひどく痛かった。
劉晟は何も言わず、瑶月の隣に立った。
そして、いつものように。
彼女に陽が当たらぬよう、静かに傘を傾けた。




