白虎の初恋 1
蝉が朝からけたたましく鳴いている頃。
白虎は、早朝から厨房にいた。
その目的はただ一つ。
毎朝、街から新鮮な食材を届けにやって来る街娘――阿福を、一目見るためだった。
そう。
白虎は、初めて阿福を見た瞬間から、恋に落ちていた。
少々ふっくらとした頬。
眩しいほどの笑顔。
よく働き、誰にでも愛想が良い。
阿福が厨房へ顔を出すたび、白虎の視線は自然とその姿を追ってしまう。
だが――
いまだに、一度も声をかけられていない。
そんな白虎の背後に、いつの間にか玄武が立っていた。
「いつ声かけるの?」
「っ!」
白虎は飛び上がりそうになり、慌てて振り返る。
「……お前、いつからいた」
「今来たところ」
「絶対嘘だろ」
玄武は白虎の横に並び、阿福の姿を眺める。
「で、いつ声かけるの?」
「だから……」
白虎はちらりと阿福を見る。
阿福は厨房の者たちと楽しそうに話しながら、届けてきた野菜を籠から取り出していた。
「……バレるだろ!」
「何が?」
「俺が毎朝ここにいる理由!」
「もう十分バレてると思うけど」
「バレてない!」
白虎は玄武の肩をぐっと押し、その場にしゃがませた。
「お前、目立つんだよ! 隠れてろ!」
「いや、俺が?」
「いいから!」
二人が厨房の陰に身を潜めていると――
屋敷の方から朱雀が歩いてくる。
そして阿福を見つけるなり、何の躊躇いもなく声をかけた。
「おはよう、阿福。今日も早いですね〜」
「あ、朱雀さん! おはようございます!」
阿福が眩しい笑顔を向ける。
朱雀はそのまま自然に会話を続け、時折楽しそうに笑っている。
その様子を、物陰からじっと見つめる白虎。
「…………」
「…………」
玄武が隣で呟いた。
「朱雀、普通に話しかけてるね」
「…………」
「白虎は?」
「…………」
「いつ声かけるの?」
「うるさい」
白虎は悔しそうに眉を寄せながら、もう一度阿福を見る。
今日も、声をかけることはできそうになかった。
阿福が街へ戻ろうとした、その時だった。
「……あれ?」
食材を運んできた台車を引こうとした阿福は、車輪の異変に気づいた。
片方の車輪が、軸から外れている。
「どうしましょう……」
阿福が困ったようにしゃがみ込んでいると、屋敷の方から青龍が歩いてきた。
「どうした?」
「あ、青龍さん。実は……」
阿福が車輪を指差す。
青龍はしゃがみ込み、壊れた箇所を確認した。
「……なるほど」
少し考えたあと、青龍は立ち上がる。
「白虎なら直せると思う。少し待ってて」
「えっ……でも、お忙しいのでは?」
「大丈夫」
そう言うと、青龍は屋敷へ戻っていった。
しばらくして――
「白虎!」
「なに〜」
青龍に呼ばれた白虎が、勢いよく駆けてくる。
そして、その先に阿福の姿を見つけた瞬間。
「……!」
一瞬、足が止まりそうになった。
だが、すぐに気を取り直す。
「どうした?」
「台車の車輪が壊れてしまってね」
青龍が説明すると、白虎は台車の前にしゃがみ込んだ。
「……俺に任せて」
白虎は工具を取り出し、手際よく車輪を調べ始める。
阿福はその様子を心配そうに見つめていた。
「白虎さん、ありがとうございます」
ふわりと向けられた笑顔に、白虎の手が一瞬止まる。
「……っ」
頬がわずかに赤くなる。
「だ、大したことじゃないです!」
そう言って、慌てて作業へ戻った。
阿福はくすりと笑うと、白虎の隣へしゃがみ込んだ。
「私も手伝います」
「えっ?」
「ここを押さえていればいいですか?」
「あ……うん」
白虎は戸惑いながらも頷いた。
二人は並んで車輪を支えながら、修理を続ける。
その様子を、少し離れた場所から青龍と朱雀が眺めていた。
「……青龍」
「なんだ?」
「あれ、俺たちが邪魔したら駄目なやつですよね〜」
朱雀の口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「そうだな」
「白虎、顔真っ赤じゃないですか」
「赤いな」
「いつも阿福が来る時間に厨房にいるのも、やっぱり偶然ではなかったんですね」
「今さら気づいたのか?」
「だって本人、必死に隠してますもん」
「隠せていたと思っているのは本人だけだろう」
「ふふっ」
朱雀が肩を揺らして笑う。
「それにしても……」
「?」
「青龍って、意外と優しいですね」
青龍が横目で朱雀を見る。
「何の話だ?」
「わざわざ白虎を呼びにいくなんて…」
「修理できる者を呼んだだけだ」
「へぇ〜?」
朱雀は意味ありげに笑いながら、再び白虎たちへ視線を戻した。
白虎が何かを阿福に説明している。
阿福はそれを聞きながら、楽しそうに笑っていた。
「……これは、かなり脈ありではないですかね〜」
「まだ分からん」
「でも、阿福ちゃんも嫌そうには見えませんよ」
「……まあ、それはそうだな」
二人は顔を見合わせる。
そして――
「……白虎、頑張れ」
「……頑張れ」
声を潜めながら、揃ってにやりと笑った。




