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望まぬ謀反 4

劉安はふと、地面に押さえつけられている明珠へ目を向けた。

「そういえば――明珠姫」

明珠の肩がびくりと震える。


「其方は以前、そやつを『素敵』だと言っていたな」

その言葉に――

明珠の脳裏に、春宴での光景が蘇った。

大勢の貴族が集う宴席。そこで見た、劉晟の姿。

あの時、自分が口にした言葉。

――素敵な方だと思います。


「……っ」

明珠の顔から血の気が引いていく。

「い、いえ……」

震える声を、必死に絞り出す。

「私は……そんな……」


 その時だった。

――からん。

乾いた音が、大殿前に響いた。明珠の目の前へ、一振りの短剣が投げ捨てられる。

「…………」

明珠は、短剣を見つめた。劉安が、静かに告げる。

「明珠姫よ。其方の兄は、余の禁軍を斬った。」

明珠の顔が更に青ざめる。


「その気になれば、朔国へは其方らの骸を送ることになる。」

「陛下、それだけは…」


 劉安の視線が、劉晟へ向く。

「それで劉晟を刺せ。」

「……!」

明珠の瞳が大きく見開かれる。

「そうすれば――」

劉安は、押さえつけられている長淵を一瞥した。

「其方らを国へ返してやろう。」

「…………」

明珠の呼吸が止まった。目の前にある短剣。その先にいる、劉滄燼。

そして――

自分の兄、長淵。明珠の手が、震え始める。

「……私に、劉滄燼を……?」

声が掠れた。長淵は禁軍に押さえつけられている身体を起こした。

「明珠、聞くな!」

劉安はただ、愉快そうに明珠を見つめている。

「選べ」

その一言が、明珠の胸へ重く落ちた。

「兄か――」

そして。

「思い人か」


 大殿前に、凍りついたような沈黙が広がった。

明珠は、目の前に落ちた短剣を見つめていた。震える手を、ゆっくりと伸ばす。家に帰るためには、これしかない。そう思った、その時だった。


「……っ」

劉安に肩を押さえられていた瑶月が、僅かに顔を上げた。視界は霞んでいる。身体には、もうほとんど力が残っていない。

 それでも――

目の前にある短剣だけは、はっきりと見えた。あれを明珠が手にすれば。

「……だめ……」

声にはならなかった。

瑶月は最後に残った力を振り絞った。

身体を――

短剣へ向かって投げ出す。


「……!」

指先が伸びる。届かない。それでも、もう一度。

瑶月の指先が、短剣の柄に触れた。

そして――

力の限り、それを明珠の前から押し出した。

――からん。

短剣は石段の端を越え

――からん、からん。

下へ落ちていった。

「…………」

明珠は呆然と、その短剣を見つめた。


 そして。

瑶月の身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

「瑶月!」

劉晟の声が響いた。


劉晟の目には――

瑶月が短剣を押し出した瞬間から、倒れ込むまでのすべてが映っていた。

最後の力まで使って――

短剣を遠ざけた。

「……瑶月」

劉晟の声が震える。

だが、その瞬間。


「貴様……!」

劉安が倒れた瑶月へ手を伸ばした。胸ぐらを掴み、乱暴に身体を引き起こす。

「余計なことを……!」

「やめろ――!」

劉晟が叫んだ。


「やめろ!!!」

その声は、大殿前に響き渡った。


 けれど――

劉安には届かなかった。


「黙れ!」

劉安の手が振り上がる。

そして――

瑶月の頬を殴った。

乾いた音が響く。

「……!」


 劉晟の瞳が、大きく見開かれる。腕を押さえつけられている長淵は震えている。瑶月の身体が、再び地面へ崩れ落ちる。劉晟は、ただそれを見つめることしかできなかった。

左手が震えている。瑶月が治してくれた、その手が。今は何もできないまま、固く握り締められていた。

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