望まぬ謀反 3
北玄国の間者を使い、承琰の協力もあり景都の城門は無血開城ができた。そして、承琰の軍はそのまま劉晟へと合流する形になり、景国城内へ攻め入る。
だが――
そこからは、死闘だった。劉晟は左手で矛を振るっていた。かつて、瑶月が治療した左手。その手で、何度も敵を薙ぎ払う。城内には、想像していた以上の禁軍がいた。
腕に切り傷を負っても。
背中に矢が刺さっても。
足元に血が流れても。
止まらなかった。止まるわけにはいかなかった。
瑶月が待っている。そう信じていた。
そして――
気づけば、劉晟は大殿前の階段まで辿り着いていた。息を荒くしながら、ゆっくりと顔を上げる。
階段の先。
そこに――
劉安が立っていた。その両脇には、禁軍に押さえつけられている二人。
長淵。そして、明珠。
だが。
劉晟の目を奪ったのは、その二人ではなかった。劉安の少し前。地面に、一人の女が転がっている。
「…………」
その衣が、血で赤く染まっていた。見覚えがある。
嫌な予感が、胸の奥を駆け抜ける。
劉晟の足が止まった。
手にしていた矛も――
動かなくなった。
見間違いだ。
そう思いたかった。
けれど。
その衣も。
その髪も。
その身体も。
全部、知っている。
まさか。
「……」
劉安が、劉晟に気づき愉快そうに笑う。
「晟よ」
一歩、前へ出る。
「やっと来たか」
その声には、勝ち誇った響きがあった。けれど、劉晟にはもう届いていなかった。目の前に転がっている女から、目を離せない。劉安はそんな劉晟の様子を楽しむように、女の腕を掴んだ。
「立て」
力なく身体が起こされる。その顔が、ゆっくりと劉晟の方を向いた。
「晟よ」
劉安が笑う。
「そなたのために――」
一呼吸。
「瑶月も出迎えておるぞ」
「…………」
劉晟の瞳が、大きく見開かれた。
そこにいたのは――
瑶月だった。けれど。知っている瑶月とは、あまりにも違っていた。
全身に、無数の鞭傷。腫れ上がった顔。片目はほとんど開いていない。手首には、深く残った鎖の痕。
そして――
衣は、彼女自身の血で赤く染まっていた。
「…………瑶月」
声にならなかった。
劉晟の手が震える。
矛を握る左手も。
そこに添える右手も。
その左手は――
かつて瑶月が、何度も治療してくれた手だった。その手で今まで戦ってきた。瑶月を救うために。
なのに。
ようやく辿り着いた先で――
彼女は、自分の目の前で立つことすらできないほど傷つけられていた。
「晟よ」
劉安が、ゆっくりと口を開いた。
「安心しろ」
一度、瑶月へ目を向ける。
「瑶月は、まだ辛うじて息をしておる」
「…………」
劉晟の拳が固く握られる。劉安は、そんな弟の様子を楽しむように笑った。
「だが――」
ゆっくりと続ける。
「これ以上、攻め上がってみろ」
瑶月の肩へ手を置く。
「この女を殺すぞ」
その口元は、笑みで歪んでいた。劉安の合図で、兵が瑶月の喉へ刃を添えられた、劉晟の瞳が冷たくなる。
そして――
片手を上げた。
その合図を見て、劉晟の軍が一斉に動きを止める。剣が下ろされる。矛が止まる。大殿前を埋め尽くしていた兵たちが、静まり返った。
「劉安……」
劉晟の声が震えていた。怒りを抑えきれない。
「彼女を放せ」
劉安は、ふっと笑った。
「矛を捨てろ」
劉晟は、瑶月の横にいる兵を見た。その後ろの禁軍。劉安までの距離。矛を捨てれば、こちらには何も残らない。
「俺を捕らえるために、彼女を使ったのか」
「この女が、其方を逃がした」
劉安は瑶月を見下ろした。
「おかげで、ここまで手間がかかった」
「俺は、先代派へ命令を出していない」
「今は、どうだ」
劉安が笑った。
「兵を率い、余の城へ攻め入った。今度こそ、誰も其方の無実など言えまい」
劉晟は答えなかった。瑶月が、僅かに顔を上げる。彼を見つけたように、唇が動いた。
「……どうして」
その声が届くと、劉晟の胸が痛んだ。
「迎えに来た」
瑶月の目が伏せられた。それを見て、劉安は舌打ちした。
「昔から、其方は厄介だった」
劉晟へ顔を戻す。
「戦場へ送っても生きて戻り、悪名を着せても兵が離れぬ。いつまで先帝の血を見せつける」
「……東州も、そうか」
長淵が顔を上げた。
劉安は口元を歪める。
「あれだけの城が滅んだのだ。其方一人の名を落とすくらい、造作もないはずだった」
劉晟の左手に力が入るが、瑶月の肩が震えたのを見て、握り締めた指を僅かに緩めた。
今は、彼女を連れて帰らなければならない。




