望まぬ謀反 2
天牢から駆け出した長淵は、瑶月を抱えたまま走っていた。
――まずは、彼女を城の外へ連れ出さなければ。
今は、それだけを考えていた。何とか景都まで出る。そして、城外へ出た後で、改めて景都から離れる機会を探せばいい。そう思いながら、長淵は瑶月を抱えたまま、迫り来る兵たちと応戦していた。
剣を振るう。
行く手を阻む兵を退ける。
それでも、腕の中の瑶月だけは決して離さない。
瑶月は、ほとんど意識がない。その身体が僅かに揺れるたび、長淵の胸が締めつけられた。
「……もう少しだ」
自分に言い聞かせるように、長淵は呟く。
やがて。
石畳の先に、朱色の大門が見えた。
あそこを抜ければ――
城の外だ。
「あと少し……」
長淵の足が速くなる。
ようやく。ようやく、瑶月をこの場所から連れ出せる。
そう思った――その時。
「兄様!!!!」
前方から、声が響いた。
「……!」
長淵の足が止まる。その声を、聞き間違えるはずがなかった。ゆっくりと顔を上げる。
城外へ続く道。
その先に――
一人の少女が立っていた。
「……明珠」
妹だった。明珠は、長淵の腕の中にいる瑶月を見つめている。その顔には、驚きと困惑が浮かんでいた。
「兄様……」
明珠が一歩、前へ出る。
「その女を、どうするつもりなの?」
長淵は答えなかった。ただ、瑶月を抱く腕に力を込める。
「そこを退いてくれ」
「……退く?」
明珠の顔から、困惑が消えていく。
「その女を連れて?」
「明珠」
長淵の声が低くなる。
「頼む」
その一言に、明珠の瞳が揺れた。
けれど。明珠は首を横に振った。
「駄目よ、兄様。朔国へ戻れなくなってしまうわ。」
そして――
長淵の前に立ちはだかる。
「その女を、渡して」
長淵は妹を見つめた。目の前には、城外へ続く道。腕の中には、命の灯が消えかけている瑶月。
そして、その道を塞ぐのは――
自分の妹だった。
明珠と長淵が向き合っていた時間は――
ほんの僅かだった。本当に、一瞬。
けれど。長淵にとっては、その一瞬が長すぎた。妹を傷つけることなど、できない。
だからこそ――
ほんの僅かに、意識が明珠へ向いた。
その瞬間だった。
「――今だ!」
背後から、怒号が響いた。
「……!」
長淵が振り返る。だが、遅かった。複数の禁軍が一斉に襲いかかってきた。
「くっ……!」
長淵は瑶月を抱えたまま、必死に剣を振るう。しかし、数が多すぎる。一人を退ければ、次が来る。さらに、その後ろからも兵が押し寄せてくる。
そして――
「瑶月!」
腕に衝撃が走った。瑶月の身体が、腕の中から引き離される。
「……!」
その瞬間。世界が、ひどくゆっくりに見えた。瑶月の身体が、自分の腕から離れていく。
伸ばした指先が――
届かない。
「待て……!」
手を伸ばす。
もう一度、瑶月の身体を掴むことはできなかった。
「瑶月……!」
その名を叫ぶ。
けれど、返事はない。
瑶月は禁軍の腕の中へ奪われていった。次の瞬間。長淵の身体が地面へ押さえつけられる。
「ぐっ……!」
腕を捻り上げられ、剣が床へ落ちた。
あっという間だった。さっきまで瑶月を抱いていた腕が、今は地面へ押さえつけられている。長淵は必死に身を起こそうとする。
「離せ……!」
けれど、何人もの兵に押さえ込まれ、身体は動かない。そのすぐ近くでは、明珠もまた禁軍に取り押さえられていた。
「兄様……!」
明珠の声が聞こえる。けれど、長淵は答えなかった。
視線の先には――
遠ざけられていく瑶月がいた。その身体は、もう自分の手の届かない場所にある。
「……」
長淵は、ゆっくりと目を閉じた。自分は何のために、ここまで来たのか。何のために、すべてを捨てたのか。あと少しだった。
あと少しで、城の外へ出られた。
それなのに――
また、彼女を奪われた。
「陛下の所まで連れて行け!」
兵士の声が響く。長淵は、もう顔を上げることができなかった。
ただ、固く目を閉じたまま――
瑶月の名だけを、胸の中で何度も呼んでいた。
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