望まぬ謀反 1
その知らせは、突然届いた。
「陛下!」
側近が息を切らしながら、劉安の前へ駆け込んでくる。
「罪人――劉晟が、軍を率いて景都の外に現れました!」
劉安は手にしていた書簡を、ゆっくりと卓へ置いた。
「……やっと来たか」
その口元に、薄い笑みが浮かぶ。
待っていた。まさに、この時を。
「禁軍を向かわせろ」
一呼吸。
「生け捕りにしろ」
「はっ!」
側近が頭を下げた、その時だった。別の兵士が、血相を変えて駆け込んでくる。
「陛下!」
「何だ」
「それが……!」
兵士は息を整える暇もなく、声を張り上げた。
「なぜか城門が開き――」
「……?」
「劉晟一行が、そのまま城内へ向かっております!」
「……何だと?」
劉安の顔から、笑みが消えた。
「城門が……開いた?」
「はい!」
「誰の命令だ!」
「それが……分かりません!」
劉安は黙り込んだ。予定ではない。劉晟は城外で足止めされ、禁軍によって捕らえられるはずだった。
それなのに、城門は開いた。
そして今――
劉晟は、景都の中へ向かっている。
「…………」
劉安は、しばらく考え込んだ。
やがて。ふと、何かを思い出したように顔を上げる。
「……天牢の女は?」
側近が一瞬、戸惑う。
「瑶月のことでございますか?」
「ああ」
低い声だった。
「まだ息はあるか?」
「今朝までは、確認できております」
「そうか……」
劉安の口元に、再び笑みが浮かんだ。
「ならば、その女を連れてこい」
「……!」
側近が目を見開く。
劉安は椅子からゆっくりと立ち上がった。
「あの女を目の前にすれば――」
その瞳には、冷たい光が宿っていた。
「晟は、動けなくなる」
そして、劉安は、愉快そうに笑った。
「……ようやく、あの男を捕らえられる」
瑶月。
劉安にとって、それは一人の人間ではない。
劉晟を縛るための――
最後の切り札だった。
景国城内が、騒がしくなっていた。
「劉滄燼が攻めてきたぞ!」
「禁軍を集めろ!」
「陛下をお守りしろ!」
兵士たちが慌ただしく駆け回る。
劉安を守るため、景国城内の門が次々と閉じられていく。重い門が音を立てて閉じる。
その様子を――
少し離れた場所から、一人の男が静かに眺めていた。長淵だった。兵士たちが別の門へ向かい、辺りから人影が消える。
その瞬間。長淵は、ゆっくりと門へ近づいた。
そして――
自らの手で、閉ざされた門を開いた。そのまま振り返ることなく、歩き出す。
向かう先は――
天牢。
混乱に乗じ、長淵は天牢へ続く道を進んだ。途中、行く手を阻んだ門番たちがいた。
「何者――」
刃が閃く。
長淵は迷わなかった。いくつもの門を抜ける、誰にも止められない。
いや。止まるつもりなど、最初からなかった。
そして――
ようやく、最奥へ辿り着く。
「…………」
長淵の足が止まった。
そこに――
瑶月がいた。以前の面影は、ほとんど残っていなかった。
乱れた髪。
青白い顔。
身体中に残る傷。
そして――
両手首を固定していた、重い鎖。長淵は、しばらくその姿を見つめていた。胸の奥が、引き裂かれるように痛む。自分が仕掛けた謀叛。自分が追い詰めた未来。
そのすべての先で――
彼女は、こんな姿になっていた。
「……瑶月」
返事はない。長淵は腰の剣を抜いた。そして、鎖へ振り下ろす。
――ガンッ!
重い音が天牢に響く。
もう一度。
――ガンッ!
鎖が、切れた。
支えを失った瑶月の身体が、前へ倒れる。
「……!」
長淵は咄嗟に、その身体を抱き留めた。
軽い。
あまりにも軽かった。
「…………」
長淵は瑶月を抱いたまま、天牢の出口へ向かって走り出す。
その腕の中で。瑶月の瞼が、僅かに動いた。ゆっくりと目を開く。ぼやけた視界の中に、懐かしい顔があった。
「……長淵、さま……?」
かすかな声。
長淵の足が、一瞬だけ止まりそうになる。
けれど。
答えなかった。
答えれば、声が震えてしまいそうだった。
だから、ただ。瑶月を抱く腕に、力を込めた。
そして再び走り出す。
――今度こそ。
今度こそ、この手で彼女を救う。
たとえ、その先に待っているのが――
自分自身の破滅だとしても。




