国の為に
承琰の前には、父の命令を写した書付が並んでいた。
先代派の貴族を捕らえた時刻。
晟王府を囲ませた時刻。
城門を閉じるよう命じた時刻。
先代派が軍を集めていたことは、確かだった。だが、その軍に劉晟の命令を伝えた者は、一人も見つからない。押収された書状にあるのは、劉晟を擁立したいという貴族たちの言葉だけだった。
父は、それを知っている。知りながら、別の証言を作らせようとしていた。側近が、新たな報告を置いた。
「北の砦へ、援軍を止める命令が出ています」
「何のために?」
「晟王殿下に従う兵が戻らぬよう、街道を封じるとのことです」
承琰は書付を読んだ。
朔国との境から、兵を引かせる命令まである。
「いくら休戦したとはいえ、無防備すぎる。」
「……」
承琰は扇子を閉じた。父を守れば、叔父が死ぬ。叔父に従う兵を摘発し、国境の守りまで崩れる。それでも、この皇帝に従えと、自分は兵に命じるのか。
「城門の指揮官を呼んで。叔父上が戻ったら、門を開ける」
側近が息を呑んだ。
「殿下、それは……」
「私の命令として、記録に残せ」
承琰は紙を一枚引き寄せた。
「宮中へ入れる兵は、私の護衛と、命令を承知した者に限る。」
側近は、長く頭を下げていた。やがて、書付を持って部屋を出る。
承琰は立ち上がり、令蓉のもとへ向かった。皇后の部屋には、夕方の光が射していた。令蓉は、茶器を片づけていた手を止める。
「晟の居場所は?」
「掴んでいます。戻ってきますよ」
令蓉は目を閉じた。
「……あの子は、そうするでしょうね」
「父上は、晟を殺します」
令蓉の指が、茶器から離れた。承琰はその手を見てから、顔を上げる。
「そうでしょうね。」
令蓉は承琰を見つめた。いつも部屋を訪ねる時のように、彼は笑わなかった。
「皇后様には、安全な場所へ移っていただきたい」
「私も行きます」
「危険です」
「晟がいるのでしょう」
承琰は返事をしなかった。令蓉は立ち上がり、小さな箱を開いた。
中のものを袖へ収める動きだけが見えた。
「今度は、私もそこにいます」




