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約束の紅葉

「……ん……」


 激しく揺れる馬車の中で、劉晟はゆっくりと目を開けた。


 身体が重い。


 頭も、まだぼんやりとしている。


「……ここは?」


 周囲を見渡した、その瞬間。


 何かを思い出した。


「……瑶月?」


 劉晟は、すぐに身体を起こした。


 そして――


「止めろ!!!」


 その声に、馬車が急停止する。


 劉晟は扉を開け、勢いよく外へ降りた。


 そこには――


 青龍。


 白虎。


 朱雀。


 玄武。


 そして小雪。


 さらに数十人の兵士たちがいた。


 けれど。


「…………」


 劉晟の目が、周囲を探す。


 いない。


 どこにも。


「瑶月は……?」


 嫌な予感が、胸の奥から込み上げてくる。


「瑶月……瑶月はどこだ」


 青龍は何も答えなかった。


 ただ、劉晟へ一通の手紙を差し出す。


「……これを」


 劉晟は震える手で受け取った。


 見覚えのある字。


 瑶月の字だった。


 封を開く。


 そこに書かれていたのは――


 『我に代わりて、今年も平陽の紅葉を見届けて。きっと美しきものとなりましょう。』


「…………」


 劉晟の指が震えた。


 何度も、その一文を目で追う。


 けれど。


 意味が理解できない。


 いや。


 理解したくなかった。


「……誰か」


 声が震える。


「誰か、説明しろ」


 朱雀が一歩前へ出た。


「現在、景都では――」


 一呼吸。


「劉晟さんは、謀反者として禁軍から追われています」


「…………」


「お嬢は――」


 朱雀の声が僅かに詰まる。


「逃げ遅れました…」


 劉晟の手の中で、手紙が僅かに震えた。


 文字が滲む。


 いや。


 滲んでいるのは、涙だった。


「……瑶月」


 その名を呟く。


 脳裏に浮かぶ。


 いつもの笑顔。


 食卓で交わした会話。


 自分に向けられた、あの静かな眼差し。


 そして――


『今度は私が貴方を助けるの』


 あの夜の言葉。


 すべてが繋がった。


 瑶月は、自分を逃がすために。


 一人でも多く生かすために、最後まで残ったのか。


 劉晟は、手紙を強く握り締めた。


「…………」


 そして、ふと手紙の一文へ目を落とす。


 ――今年も平陽の紅葉を見届けて。


 劉晟の胸が、締めつけられた。


 瑶月がいない平陽で紅葉を見る…


 それに、一体何の意味がある。


「……戻るぞ」


 低い声だった。


 青龍がすぐに答える。


「なりません」


「……何?」


「今、あなた様が戻っても城門前で捕らわれてしまいます。」


 劉晟の目が鋭くなる。


「どけ、そんなの…」


 言葉が止まる。


 青龍の向こう。


 景都へ続く道が見える。


 あそこに瑶月がいる。


「このままだと、瑶月が……」


 声が震えた。


 それでも劉晟は、馬へ向かおうとする。


 青龍が必死に手綱を掴んだ。


「殿下!」


「離せ!」


「戻れば、あなた様の命も失われます!」


「それでも――!」


 劉晟の声が、荒野に響き渡る。


「瑶月を置いていけるか!」


 手の中の手紙が、強く握り締められる。


 「お嬢様を助けてください…」


 その声がする方向に顔を向けると、そこには泣き腫らした目をする小雪がいた。


 劉晟の手が止まる。


 ここにいる者たちを連れ、何の策もなく戻ってしまっては彼女を助けることはできない。


 青龍の肩から手を離し、手紙を懐へ入れた。


「景都の様子を調べろ。瑶月がどこへ連れていかれたのか、まずそれを」


 声が、うまく出なかった。


 青龍は頭を下げた。




 その時。


 遠くから、蹄の音が響いてきた。


 ――パカッ、パカッ。


 一行が振り返る。


 やがて、一台の豪華な馬車がこちらへ近づいてきた。


 白虎と玄武が、すぐさま警戒する。


「……誰だ?」


 馬車は、ゆっくりと一行の前で止まった。


 扉が開く。


 そこから降りてきたのは――


 白綾を身につけた、白衣の男だった。


 白綾の奥にある表情は、ほとんど読み取れない。


 ただ、静かな気配だけが漂っている。


 その男は、取り乱している劉晟へ目を向けた。


「……」


 そして。


 低い声で、静かに告げた。


「お手伝いしましょうか?」


 その一言だった。


 劉晟の動きが止まった。


 荒くなっていた呼吸が、僅かに落ち着く。


 ゆっくりと顔を上げる。


 白綾。


 白衣。


 その姿を見た瞬間、劉晟の目が見開かれた。


「……慕容陛下」


 目の前に立っていたのは――


 北玄国皇帝。


 慕容九思(ぼようきゅうし)だった。


 その男は、街道へ顔を向け


「ここでは、落ち着いて話ができませんね。どうぞ、馬車内へ。」


 劉晟は開かれた馬車の扉を見た。


 この男が何を知っているのか。そして、何を求めているのか、それを確かめるために馬車内へ乗り込む。

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