屠城 3
固く閉ざされた門。
その門を前にして――
今この瞬間ほど、皓然が絶望を感じたことが、果たしてあっただろうか。
「滄岳……!」
皓然は門へ駆け寄った。
両手で、固く閉ざされた門を何度も叩く。
「滄岳!」
返事はない。
「馬鹿な真似はよせ!」
拳を振り下ろす。
「滄岳! 軍令だ!」
さらに強く叩く。
「門を開けろ!」
それでも、門は開かない。
皓然の拳が震える。
「……滄岳」
今度は、先ほどまでの怒号とは違った。
低く。
弱々しい声だった。
「……滄岳」
もう一度。
返事はない。
皓然の手が、ゆっくりと門から離れる。
そして――
あの偉大なる将軍の頬を、一筋の涙が伝った。
その時だった。
「父上!」
滄海が駆けてきた。
「もう、おやめください」
「離せ!」
皓然はなおも門へ向かおうとする。
「そうがくが……」
「父上!」
滄海は父の身体を抱えるようにして止めた。
そして、二人で閉ざされた門を見つめる。
滄海は静かに門へ近づいた。
その向こうにいる兄へ向けて。
「……滄岳」
しばしの沈黙。
そして――
「任せたぞ」
それだけだった。
そして、門の内側に備えられた太い木の閂へ手を伸ばす。
ずしりと重い。
両手でそれを持ち上げ、門の左右に設けられた受け金具へと差し込んでいく。
――ガンッ。
重い音が、静まり返った屋敷内に響いた。
それは、あまりにも大きく聞こえた。
この閂を差し込めば。
もう、開けられない。
滄海はしばらく、その閂に手を置いたまま動かなかった。
門の外。
滄岳は、たった一人で戦っていた。
身体中に傷を負い、何本もの矢が突き刺さっている。
血は止まらない。
呼吸も荒い。
いつ倒れてもおかしくない。
それでも――
「――っ!」
滄岳は刀を振るった。
一人。
また一人。
山賊が倒れていく。
その姿は、まるで鬼だった。
顔は血にまみれ、目には凄まじい殺気が宿っている。
死を目前にしている男とは思えない。
その気迫に、山賊たちの足が止まった。
「な、なんだ……こいつ……」
「化け物か……?」
数は、みるみるうちに減っていく。
そして。
残された山賊たちは、互いに顔を見合わせた。
もう戦えない。
一人。
また一人。
後退していく。
やがて――
山賊たちは散り散りになって逃げていった。
静寂が戻る。
滄岳は、ゆっくりと刀を下ろした。
周囲には、敵の姿はもうない。
「……」
滄岳は振り返る。
目の前には、固く閉ざされた沈家の門。
その門の向こうには――
民がいる。
父がいる。
弟がいる。
母がいる。
そして、瑶月がいる。
滄岳は、血だらけの身体を引きずるようにして門へ近づいた。
そして。
重い扉に背を預けるように、ゆっくりと座り込んだ。
「……」
もう、力が残っていなかった。
滄岳は目を閉じる。
最後に見えたのは――
幼い頃から帰る場所だった、沈家の門だった。
そのまま。
彼は静かに目を閉じた。
城門での戦いもまた、死闘だった。
いくら武芸に秀でた滄瀾とはいえ、一人で何十、何百もの山賊を相手にしている。
もう、どれほど戦ったのだろう。
何人を斬ったのか。
何人が自分の前に倒れたのか。
もはや数えることすらできない。
左肩を刺された傷は、もう痛くなかった。
痛みを感じる余裕すらなくなったのかもしれない。
右太腿の傷は厄介だった。
血が止まらない。
それでも、不思議なほど頭は冷静だった。
――静かだ。
先ほどまであれほど響いていた怒号も、剣戟の音も聞こえない。
滄瀾はゆっくりと顔を上げた。
目の前にいたはずの山賊たちは、皆、怯えた顔でこちらを見ている。
誰も動かない。
誰も近づいてこない。
そして――
一人の山賊が、城門へ走った。
重い門が開く。
「逃げろ!」
それを合図に、山賊たちは一斉に散っていった。
滄瀾は追わなかった。
追う力など、もう残っていなかった。
「……やっとか」
右足を引きずりながら、城門へ向かう。
そして、自ら大きく門を引いた。
城門がゆっくりと開かれる。
これで右軍を街へ入れられる。
そう思った瞬間――
身体から力が抜けた。
滄瀾は開かれた城門を背に腰を下ろした。
荒い息を吐きながら、遠くを眺める。
その時だった。
遠くから、いくつもの騎影が見えた。
黒い甲冑。
見慣れた軍装。
滄瀾の顔に、初めて安堵の色が浮かんだ。
「……遅いんですよ、いつも」
思わず、ふっと笑う。
ようやく来た。
これで終わる。
自分はもう十分に戦った。
一行が滄瀾の前までやってくる。
滄瀾は顔を上げた。
「英雄は最後で登場ってやつですか? 劉――」
言葉が途切れた。
先頭に立っていた男が、剣を抜いた。
次の瞬間。
――ズッ。
刃が、滄瀾の胸を貫いた。
「……っ」
滄瀾の瞳が、大きく揺らぐ。
何が起きたのか理解できない。
自分の胸から突き出た刃を見る。
そして、震える手で剣身を掴んだ。
「……お前は……誰だ……?」
男は答える。
「死にゆく者が、知ってどうする?」
刃が引き抜かれる。
そして――
もう一度。
深く突き刺された。
滄瀾の身体が、大きく揺れた。
それでも。
最後まで、その瞳は目の前の男を見つめていた。




