屠城 2
皓然と滄岳は、民を背後に庇いながら戦っていた。
だが――
二人の身体は、すでに限界へ近づいていた。
皓然の背には、大きな刀傷が走っている。
血が衣を赤く染め、足元へと滴り落ちていた。
それでも、刀を手放さない。
隣にいる滄岳も同じだった。
身体には幾本もの矢が突き刺さっている。
息は荒く、膝は今にも崩れ落ちそうだ。
それでも、父の前に立つ。
「父上……まだ、いけます」
「ああ」
皓然も短く答えた。
「我もまだ戦える」
その姿を、背後の民たちは見ていた。
自分たちを守るために。
自分たちの前に立っている二人の姿を。
すると――
一人の男が、地面に落ちていた山賊の武器を拾った。
「……俺も戦います」
別の者も続く。
「私もまだ戦えます!」
「沈将軍だけに戦わせるな!」
「東州を守るんだ!」
一人。
また一人。
民たちが武器を手に取っていく。
農具を握る者。
倒れた山賊の剣を拾う者。
震える手で槍を構える者。
誰もが恐怖していた。
それでも、前へ出た。
皓然は振り返った。
そこには、自分が守ってきた民たちがいた。
いつも城下で笑っていた人々。
茶楼の店主。
屋台の女主人。
農民。
商人。
名も知らぬ民たち。
その一人一人が、自分たちの隣に立っている。
「……」
皓然は、ふっと笑った。
血に濡れた顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「将軍って……」
小さく息を吐く。
「いいものだなぁ」
それは、これまで何十年と戦場に立ってきた男の、心からの言葉だった。
自分は民を守るために戦ってきた。
国を守るために、刀を握ってきた。
その道が間違っていなかったのか。
その答えを――
今、目の前の民たちが教えてくれている気がした。
「行くぞ!」
皓然が刀を構える。
その隣で、滄岳も震える手で愛刀を握り直した。
「はい、父上!」
民たちも声を上げる。
東州の街に、再び戦の声が響いた。
その時だった。
後方から馬の蹄の音が響いた。
土煙を上げながら駆けてくる一団。
沈家の私兵たちだった。
「援軍だ!」
民たちの間に歓声が上がる。
皓然と滄岳も横目で確認する。
「屋敷の状況は!」
皓然が叫ぶ。
「侵入した賊はあらかた排除しました!」
「滄海様より、応援に参りました!」
それを聞いた皓然は短く頷く。
「よし」
そして振り返った。
傷だらけの民たちを見る。
「民らを全員屋敷で保護する!」
大声が響く。
「沈家の屋敷まで後退するぞ!」
その言葉に希望が生まれた。
生き残れるかもしれない。
あと少し。
あと少しで。
滄岳も胸の奥で安堵した。
そして――
ほんの一瞬だけ。
気が緩んだ。
その隙を敵は見逃さない。
山賊の刃が一直線に滄岳へ迫る。
避けられない。
滄岳はそう悟った。
その時だった。
一人の青年が飛び出した。
「っ!」
刃が肉を裂く。
滄岳ではない。
青年の身体だった。
青年は滄岳を庇うように立ち、そのまま膝をつく。
「お前は……」
滄岳は目を見開いた。
見覚えがある。
どこで見たのかと思った瞬間、思い出した。
――瑶月だ。
瑶月が川辺で助けた青年。
あの時の。
あの青年だった。
傷を見れば分かる。
助からない。
誰が見ても致命傷だった。
青年は倒れながらも笑った。
恐怖ではない。
どこか満足そうな顔だった。
滄岳は刀を振るいながら言った。
「……君も護国愛民だな」
青年の肩が僅かに震える。
「感謝する」
青年は答えなかった。
ただ、満足そうに目を閉じた。
まるで。
自分の役目を果たしたと言うように。
戦いは続いた。
さらに熾烈になっていく。
だが、少しずつ前へ進んでいた。
沈家の屋敷へ。
一歩ずつ。
一歩ずつ。
その道中で何人が倒れたのか。
もう数えることすらできなかった。
そして――
ようやく屋敷が見えた。
「門を開けろおおおおおお!」
皓然の声が響く。
重い沈家の門がゆっくりと開いた。
中から私兵たちが飛び出してくる。
「民を先に!」
「急げ!」
負傷者を抱えながら、民たちが屋敷へ駆け込む。
一人。
また一人。
そして最後に残ったのは。
皓然と滄岳だった。
「父上!」
突然。
滄岳が皓然の背中を強く押した。
「なっ――!」
皓然の身体が門の内側へよろめく。
次の瞬間。
轟音と共に門が閉じられた。
外側に残ったのは滄岳だけ。
「滄岳!!」
皓然が叫ぶ。
門へ駆け寄る。
「お前、自分が何をしているのか分かっているのか!!」
それは怒号だった。
将軍ではなく。
一人の親としての叫びだった。
門の向こうから、滄岳の声が聞こえる。
「はい!」
迷いのない声だった。
「父上!」
滄岳は愛刀を構える。
迫り来る敵を見据えながら。
「この町は――」
一度だけ空を見上げる。
昨日と変わらない東州の空だった。
「まだ貴方様を必要としています」
そう言って。
滄岳は門を外側から固く閉じた。
その背中は。
まるで沈家そのものを守る城壁のようだった。




