彼女の知る長淵
数日後。
瑶月は、朱雀と玄武から報告を受けていた。
「長淵さまの動きに、特に怪しいところはありません」
朱雀が静かに告げる。
「ただ……数日に一度、酔仙楼へ足を運んでいます」
「酔仙楼……」
瑶月の眉が、わずかに動く。
「基本的には、お一人で入られて、お一人で出てこられます」
「それだけなら、何もおかしくないわね」
「はい」
朱雀は頷いた。
「ですが、長淵さまが入られるのは、いつも上層階の個室です」
「そして――」
玄武が続ける。
「長淵さまが出入りする前後に、景都でも有数の貴族たちが、その個室へ出入りしています」
瑶月の表情が変わった。
「その貴族たちの素性は、分かっている?」
玄武は一呼吸置いて答える。
「……先代皇帝の頃から仕えている者たちだと」
「そう……先代皇帝派ね…」
先代皇帝派。
その言葉が、瑶月の胸の奥に引っかかった。
朱雀が続ける。
「最初は、偶然かと思いました」
「ですが、その後も同じ顔ぶれで、同じことが繰り返されていました」
玄武も静かに頷く。
「おそらく、酒楼の一室で密会が行われているかと思われます」
「…………」
瑶月は黙り込んだ。
長淵が、何をしているのか。
まだ確かなことは分からない。
けれど――
春宴での長淵の行動を思い返す。
明珠姫と承琰殿下の婚姻を、長淵は望んでいるように見えた。
恐らく、それは国王・蕭玄江の指示なのだろう。
ならば。
なぜ、その長淵が。
水面下で、先代皇帝の頃から仕えている貴族たちと密会を重ねているのか。
先代皇帝派。
現皇帝である劉安を支持する勢力とは、決して同じではない。
「……狙いが分からない」
瑶月は小さく呟いた。
明珠姫と承琰殿下の婚姻を進めること。
そして、先代皇帝派の貴族たちとの密会。
一見すると、まるで別々のことのように思える。
けれど――
本当に、そうなのだろうか。
瑶月の脳裏に、東州で見た長淵の姿が浮かんだ。
民を救った長淵。
自分には何も語らなかった長淵。
そして今。
自分の知らない場所で、何かを進めている長淵。
「……長淵さま」
瑶月は静かに呟いた。
「あなたは、一体何をしようとしているの?」
答えはない。
ただ、胸の奥に残る疑念だけが、少しずつ大きくなっていく。
瑶月は顔を上げ、朱雀と玄武を見る。
「監視は続けて」
「かしこまりました」
「何かあったら、すぐに報告して」
「承知しました」
二人は頭を下げ、部屋を後にした。
扉が閉じる。
瑶月は一人、静かになった部屋で盤上へ目を向けた。
そこには、先ほどまで自分が指していた碁石が残っている。
一つ一つの石が、誰かの思惑によって置かれているように見えた。




