白檀の扇
瑶月が一人、盤上の碁石を見つめていた頃。
劉晟の書斎には、承琰がいた。
「晟〜。見てよ、この新しい扇子」
ぱたぱた。
承琰が嬉しそうに扇子を仰ぐ。
劉晟はちらりと、その手元へ目を向けた。
白檀で作られた扇子。
上質な白檀を贅沢に使っているらしく、扇ぐたびに、ほのかな香りが室内へ漂ってくる。
一目で、かなりの代物だと分かった。
「やっと手に入ったんだよ〜」
承琰は上機嫌に扇子を眺めている。
「……扇子の自慢でもしに来たんか?」
劉晟が呆れたように言う。
「いやいや」
承琰は笑いながら、ぱたぱたと扇子を仰ぎ続ける。
「先代皇帝派のことは知ってるでしょ?」
「ああ」
「最近の動きが、なかなか調べられないんだよ」
承琰の声は軽い。
けれど、その目には笑みがなかった。
「出した使者が、一人も戻ってこない」
「……」
「物騒だよね〜」
そう言いながらも、承琰の顔にはいつもの笑みが浮かんでいる。
劉晟は何も言わず、承琰を見つめていた。
先代皇帝派。
自分を皇位へ担ぎ上げようとしている者たち。
最近、その動きが活発になっていることは知っている。
だが――
何か、別の計画でも進んでいるのか?
劉晟が黙っていると、承琰はふいに扇子を閉じた。
ぱちん。
乾いた音が、静かな書斎に響く。
それまで浮かんでいた笑みが、すっと消えた。
承琰は閉じた扇子を手にしたまま、まっすぐ劉晟を見る。
「……まさかだと思うけど」
一呼吸。
「謀反する気?」
笑顔のない顔だった。
劉晟は、ゆっくりと承琰へ視線を合わせる。
「……皇位には興味ない」
短い答え。
承琰は、しばらく劉晟を見つめた。
やがて――
「だよね〜」
ぱたっ。
再び扇子を開く。
顔にも、いつもの笑みが戻っていた。
「それなら、もっと妙だね」
「……何がだ」
承琰は白檀の扇子をゆっくりと仰ぐ。
「主役がいないのに――」
一呼吸。
「舞台を用意するなんて」
「…………」
劉晟の目が、わずかに細くなる。
承琰の言葉が、静かな書斎に落ちた。
先代皇帝派が動いている。
使者は戻ってこない。
その上、自分には皇位を望む意思などない。
ならば。
誰かが――
自分の意思とは無関係に、何かを始めようとしている。
承琰は、そんな劉晟の表情を横目で見ながら、また扇子をぱたぱたと仰いだ。
白檀の香りが、静かに室内へ広がっていく。
その香りとは裏腹に。
二人の間には、冷たい緊張だけが残っていた。




