選べぬ道
春宴から、数日後。
景国城。
景国皇帝・劉安の書斎には、二人の男がいた。
広い書斎の中央。
劉安は卓に座り、その前には長淵が静かに立っている。
「例の件は、順調か?」
劉安が尋ねた。
長淵は目を伏せたまま答える。
「はい」
「そうか」
劉安は満足そうに頷いた。
「この件が終わったら――」
一呼吸置く。
「約束通り、其方の妹を承琰の皇太子妃にしよう」
「……」
長淵の指先が、僅かに動いた。
劉安はそんなことには気づかない。
「未来の景国皇后になる女だ」
淡々とした声。
「今のうちから、しっかり教育しておけ」
そして――
「この前のような失態がないようにな」
それは命令だった。
そこに、長淵へ選択肢を与える余地などなかった。
「……お言葉のままに」
長淵は静かに頭を下げる。
「もう下がってよい」
「はい」
長淵は一礼し、書斎を後にした。
扉を閉める。
その直後だった。
「……」
廊下の向こうから、令蓉が歩いてくる。
長淵は足を止め、皇后へ一礼した。
「皇后陛下」
「王太子殿下」
二人は短く言葉を交わし、そのまますれ違う。
その瞬間。
令蓉が、長淵を一瞥した。
「……見かけによらず、食えない男ですね」
静かな声だった。
それだけ告げると、令蓉は劉安の書斎へ入っていった。
「……」
長淵は、その場に立ち尽くした。
やがて――
握り締めた拳に、力が入る。
爪が掌へ食い込む。
誰が好き好んで、こんなことをするものか。
長淵は目を伏せた。
自分だって――
こんな汚れ仕事など、したくない。
けれど。
妹を守るために。
朔国を守るために。
そして、この国との戦を避けるために。
自分が汚れるだけで済むのなら。
そうするしかない。
長淵は何も言わず、廊下を歩き出した。
その背中は、年若い王太子とは思えないほど疲れていた。




