不穏の風
その頃。
晟王府には、不穏な情報が入り始めていた。
「このところ、先代皇帝派の動きが活発になっています」
青龍が、低い声で報告する。
「どうやら――滄燼さまを皇帝へ担ぎ上げようとしているようです」
「……」
劉晟は、何も答えなかった。
そのような動きがあること自体は、以前から知っていた。
けれど最近になって、それが明らかに活発になっている。
その背景には、景国皇室の複雑な事情があった。
現皇帝・劉安。
その父は、先代皇帝・劉靖謙。
だが、劉安の母は皇后ではなかった。
宮中に仕えていた下女。
本来ならば、皇位を継ぐ立場に生まれたわけではない。
一方――
劉晟の母は、名家の出身である李令蓉。
先代皇帝の正室ではなかったものの、名門の家柄を持つ女性だった。
つまり、先代皇帝の血を引く二人でありながら、その出自は大きく異なっていた。
先代皇帝派にとって。
より「正統な血」を継いでいると見なされるのは、劉晟だった。
本人が望んでいるかどうかなど、彼らには関係がない。
より高い権力を求める者たちにとって重要なのは――
誰を旗印にすれば、人を集められるか。
それだけだった。
「俺に、その気はない」
劉晟が淡々と言う。
「承知しております」
青龍は頷いた。
「ですが、周囲がそう考えているとは限りません」
「……」
「滄燼さまが何も望まなくても、担ぎ上げようとする者は出てきます」
劉晟は、静かに目を伏せた。
だからこそ。
彼は長年、景都へ戻ることを避けてきた。
戦場にいればいい。
国境を守り、敵と戦い、命令された役目を果たしていればいい。
そこには少なくとも――
皇位を巡る争いはない。
自分が皇帝になるつもりなど、微塵もない。
けれど。
自分の意思だけでは、どうにもならないことがある。
皇族として生まれ、先代皇帝の血を引いている。
それだけで、人々は彼を「使える駒」として見る。
そして今。
その動きが、再び強まっている。
青龍は劉晟を見つめた。
「……景都に戻られたことを、利用する者も出てくるでしょう」
劉晟は答えなかった。
ただ、窓の外へ目を向ける。
華やかな景都。
その裏側で。
見えないところから、皇位を巡る思惑が静かに動き始めていた。




