問いを胸に
瑶月は小雪と共に、景都の城下を歩いていた。
けれど、頭の中は先ほどの話でいっぱいだった。
賠償金の箱。
その内側に残された血痕。
半年以上前についたもの。
そして――
東州で流行した、西の風土病。
いくら考えても、胸の奥に残った違和感は消えてくれない。
その時だった。
ふと前方に、見覚えのある背中が見えた。
「……長淵さま」
瑶月の足が止まる。
しばらく、その背中を見つめていた。
そして――
何かを決めたように、瑶月は前へ歩き出した。
「長淵さま」
声をかける。
男が振り返った。
「瑶月」
長淵の顔に、ほんの僅かに嬉しそうな色が浮かぶ。
思いがけず彼女から声をかけられたことが、隠しきれないほど嬉しかった。
「城下の散策ですか?」
瑶月が尋ねる。
「ああ。晟王府へ向かった妹を迎えに行こうと思ってね」
「明珠姫なら、少し前に晟王府を出られていますよ」
瑶月は微笑んだ。
「そうか……」
長淵は少し困ったように笑う。
「なら、入れ違いかな」
「そうですね」
それから、二人の間に少しの沈黙が流れた。
瑶月は一度だけ息を整える。
「……長淵さま」
「うん?」
「少し、お時間ありますか?」
長淵の瞳がわずかに揺れた。
「ああ」
「なら……お昼ご飯、ご一緒にいかがですか?」
一瞬。
長淵は言葉を失った。
瑶月から誘われるなど、考えてもいなかった。
けれど、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「もちろんだよ」
その声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。
瑶月はそんな長淵の様子に気づかない。
ただ、胸の奥にある疑念を確かめるために、彼と並んで歩き始めた。
やがて二人は――
景都にある酒楼へ入っていった。
酒楼へ着くと、瑶月と長淵は円卓を挟んで腰を下ろした。
ほどなくして、料理が次々と運ばれてくる。
温かな湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが二人の間に漂った。
先ほどまで胸の中を占めていた疑念を忘れるように、瑶月は長淵と他愛のない話をしていた。
都でよく通った店の話。
最近流行っている菓子の話。
東州から景都へきてからの出来事。
そんな話をしているうちに、瑶月の表情にも自然と笑みが戻っていった。
けれど――
ふと、瑶月は箸を置いた。
「そういえば……」
「ん?」
「長淵さまは、医術にもお詳しいのですか?」
長淵は少しだけ目を瞬かせた。
「医術?」
「ええ」
瑶月は穏やかに尋ねる。
「東州にいた頃、長淵さまはいち早く西の風土病ではないかと疑われていましたよね」
一瞬。
長淵の箸が止まった。
ほんの僅かな間だった。
けれど――
瑶月は、それを見逃さなかった。
「……たまたまだよ」
長淵は、いつものように穏やかに微笑んだ。
「軍を率いていれば、多少は医術について学ぶものだからね」
「そう……ですか」
瑶月も微笑み返す。
それ以上、追及することはしなかった。
けれど。
胸の奥では、別の答えが出ていた。
――嘘だ。
長淵が何かを隠している。
証拠はない。
確かな根拠もない。
それでも、分かってしまった。
四年近く。
長淵と共に進軍し、共に戦場を越え、同じ時間を過ごしてきた。
言葉にしなくても分かることがある。
長淵が本当に何も知らない時。
何かを考えている時。
そして――
何かを隠している時。
今の笑顔は、いつもの長淵の笑顔だった。
だからこそ。
瑶月には、それが不自然に見えた。
瑶月は手元の茶杯へ視線を落とす。
箱の内側に残された血痕。
半年以上前についたもの。
東州で流行した、西の風土病。
そして――
それを知っていた長淵。
その姿を見つめながら、瑶月は心の中で静かに呟いた。
――長淵さま。
あなたは、何を隠しているの?




