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謎の血痕

 明珠が部屋を出ていく。


 その背中を、承琰は満足そうに見つめていた。


 やがて、何かを思い出したかのように声を上げる。


「そういえば――」


 ぱたぱたと動いていた扇子が止まった。


 顔から、いつもの笑みが消える。


「今回、晟が運んできた朔国の賠償金だが」


 劉晟が、ゆっくりと承琰へ目を向ける。


「賠償金が入っている箱に、血痕があった」


「……血痕?」


「ああ」


 承琰は頷いた。


「しかも、内側だ」


 劉晟の眉が僅かに寄る。


「気になったから、医官に調べさせたんだ」


 承琰は再び扇子を開き、何でもないことのようにぱたぱたと仰ぐ。


「この血痕は、半年以上前についたものだ――という結論らしいよ〜」


「……半年以上前?」


「ああ」


 承琰はにこやかに笑った。


「面白いね〜」


 一呼吸置いて、続ける。


「半年以上前って言ったら、ちょうど朔国から東州へ賠償金が運ばれていた頃だもんね」


「……」


 劉晟は何も答えなかった。


 ただ、静かに考え込む。


 血痕。


 しかも、箱の内側。


 

 その時

 瑶月もまた、考え始めていた。


 箱の中に、何かが入っていた。


 その何かから血が流れ、内側に付着した。


 そう考えるのが自然だった。


「血痕……」


 瑶月が、ぽつりと呟く。


「しかも……内側」


 その言葉を聞きながら、瑶月の脳裏に東州で起きた出来事が蘇る。


 あの病。


 東州を襲った、原因不明の疫病。


 そして――


 あの病は、東州には本来存在しないものだった。


「……東州の病は、西の風土病だったわ」


 劉晟と承琰が、瑶月へ目を向ける。


「西の地方でしか、ほとんど見られない病よ」


 瑶月は静かに続けた。


「……通常なら、東州に広がるなんてあり得ない」


 部屋の空気が、変わった。


 承琰の扇子が止まる。


 劉晟も、何も言わずに瑶月を見つめている。


 血痕。


 箱の内側。


 半年以上前。


 朔国から東州へ運ばれた賠償金。


 そして――


 東州で流行した、西の風土病。


 ばらばらだった手掛かりが、少しずつ一つの線へ繋がり始めていた。


 瑶月は、しばらく黙って考え込んだ。


 そして、ふと顔を上げる。


「あの箱に……感染を広めるようなものが入っていたとしたら」


「……」


「風土病を患った人が、入っていたなら――」


 瑶月の声が、静かに途切れた。


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 もし、それが本当なら。


 東州の疫病は、偶然などではない。


 誰かが意図的に――


 あの病を、東州へ持ち込んだことになる。


 

「あの時、朱雀たちに感染源を調べてもらったの」


 瑶月は静かに続けた。


「酒楼から徐々に広まったということまでは、分かっているわ」


 劉晟は黙って瑶月の話を聞いていた。


 やがて、静かに口を開く。


「このままにするのも癪だが……証拠がない」


「……」


「だが、賠償金を運んできた昭衡を含め、警戒はした方がいいな」


 瑶月の表情が強張る。


「けど……」


 思わず、声が焦る。


「長淵様は、疫病の時に尽力されていたわ」


 あの時。


 誰よりも民のために動いていた長淵の姿を、瑶月は覚えている。


 だからこそ、疑うことなどできなかった。


 けれど――


「それでもだ」


 劉晟の返事は変わらなかった。


 淡々とした声だった。


 そこに長淵への敵意があるわけではない。


 ただ、可能性を捨てることができないというだけだった。


「……」


 瑶月は、それ以上言い返せなかった。


 長淵を信じたい。


 けれど。


 目の前に並び始めた手掛かりもまた、無視することはできなかった。


 部屋に、重い沈黙が落ちる。


 


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