③ 知らない友達
これは、中学三年の頃にあった話です。
今から五年くらい前になります。
当時、僕は同じクラスの男子三人とよく一緒にいました。
僕と、拓海と、亮太と、圭介。
学校が終わると誰かの家に集まってゲームをしたり、コンビニで買ったものを公園で食べたりしていました。
特別仲がよかったというより、ほかに一緒にいる相手がいなかっただけかもしれません。
その中で一番家が広かったのが、拓海でした。
拓海の家は、学校から自転車で十分ほどのところにある一軒家です。
両親は共働きで、妹も習い事に行っていたため、夕方は誰もいないことが多かったんです。
その日も四人で拓海の家に集まりました。
覚えているのは、十一月の終わり頃だったことです。
外はもう暗くなりかけていました。
僕たちは二階にある拓海の部屋で、携帯ゲーム機を使って遊んでいました。
しばらくすると、圭介がトイレに行くと言って部屋を出ました。
一階のトイレを使うため、階段を下りていく音が聞こえました。
僕たちはそのままゲームを続けていました。
数分して、圭介が戻ってきました。
でも、部屋には入りませんでした。
ドアを少しだけ開けて、顔を出したまま拓海に言いました。
「下に誰かいるぞ」
拓海は、妹が帰ってきたのだろうと答えました。
圭介は首を振りました。
「男」
その言い方が妙に真剣だったので、僕たちもゲームを止めました。
拓海の父親が早く帰ってきたのではないかと聞くと、圭介はまた首を振りました。
知らない男が、リビングに座っている。
そう言いました。
拓海は最初、信じませんでした。
圭介が僕たちを驚かせようとしていると思ったんです。
けれど圭介は笑っていませんでした。
顔色も少し悪かったように見えます。
僕たちは四人で、階段の近くまで行きました。
二階から一階の様子を覗きましたが、リビングまでは見えません。
家の中は静かでした。
テレビの音もしません。
誰かが歩いている気配もありませんでした。
拓海が小さな声で、父親の名前を呼びました。
返事はありません。
次に、妹の名前を呼びました。
それにも返事はありませんでした。
僕は、空き巣ではないかと思いました。
でも、もし本当に知らない人がいるなら、声を出したことでこちらの存在に気づかれたはずです。
急に怖くなりました。
亮太が警察を呼ぼうと言いました。
拓海は迷っていました。
もし圭介の見間違いだったら、親に怒られると思ったのかもしれません。
そのとき、一階から音がしました。
椅子を床に引きずるような音です。
全員、黙りました。
次に足音が聞こえました。
ゆっくりと、リビングから廊下へ出てきます。
こちらへ近づいてくる。
僕たちは慌てて拓海の部屋に戻り、ドアを閉めました。
鍵はありませんでした。
机を動かしてドアの前に置こうとしましたが、重くてうまく動きません。
亮太がスマートフォンを出し、警察へ電話をかけようとしました。
圭介は、なぜかそれを止めました。
「待って」
そう言って、ドアに耳を当てました。
階段を上ってくる音がしました。
一段ずつ、ゆっくりと。
誰も声を出せませんでした。
足音は二階まで上がると、廊下で止まりました。
しばらく、何も起きません。
僕たちはドアの前に立ったまま、息を殺していました。
そのあと、ドアが三回叩かれました。
強くはありません。
普通に、友達の部屋へ入る前にするようなノックでした。
誰も返事をしませんでした。
もう一度、三回。
拓海が震えた声で尋ねました。
「誰ですか」
返事はありません。
拓海がもう一度尋ねようとしたとき、ドアの向こうから男の声がしました。
「開けてよ」
若い声でした。
大人というより、高校生か大学生くらいに聞こえました。
拓海は何も答えませんでした。
男は続けました。
「俺も入れてよ」
僕たちは顔を見合わせました。
その声に、聞き覚えはありませんでした。
男は、またドアを三回叩きました。
「四人で何してるの?」
僕たちは確かに四人いました。
玄関から入るところを見られていたのかもしれません。
そう思いました。
けれど、そのあと男が言った言葉で、全員が動けなくなりました。
「いつも五人で遊んでるじゃん」
僕たちは四人です。
少なくとも、そのときは全員そう思っていました。
男はドアの向こうで、僕たちの名前を順番に呼びました。
最初に拓海。
次に亮太。
それから圭介。
最後に僕。
名字ではなく、普段友達同士で呼んでいる名前でした。
そして、もう一人の名前を呼びました。
「直樹」
聞いたことのない名前でした。
少なくとも、僕は知りませんでした。
ほかの三人を見ると、全員が同じような顔をしていました。
誰も、その名前に心当たりがないようでした。
男は言いました。
「直樹もいるんだろ」
その直後、僕のすぐ後ろで床が鳴りました。
部屋の中です。
僕たちは全員、ドアの前に集まっていました。
後ろには誰もいないはずでした。
振り返ると、カーテンが少し揺れていました。
窓は閉まっています。
暖房もついていませんでした。
カーテンの前に、拓海の勉強机があります。
机の椅子が、少しだけ後ろへ引かれていました。
さっきまでは机の下に入っていたはずです。
僕は、椅子の上に誰かが座っているような気がしました。
もちろん、何も見えません。
ただ、座面が少し沈んで見えたんです。
亮太が悲鳴を上げました。
それと同時に、ドアの向こうの男が笑いました。
大きな笑い声ではありません。
僕たちと同じくらいの年齢の男子が、悪ふざけに成功したときのような笑い方でした。
「やっぱりいるじゃん」
男はそう言いました。
それから、廊下を走っていく音がしました。
階段を下り、玄関のドアが開く。
最後に、ドアが閉まる大きな音が聞こえました。
しばらくして、僕たちは部屋を出ました。
拓海が先頭になり、四人で家の中を確認しました。
二階にも一階にも、誰もいませんでした。
玄関の鍵はかかっていました。
チェーンも内側からかかったままです。
窓も全部閉まっていました。
知らない人が入った形跡はありません。
警察には連絡しませんでした。
何を説明すればいいのか分からなかったからです。
その日のうちに、僕たちは帰りました。
拓海の家には、それから二度と集まりませんでした。
しばらくは学校でもその話をしました。
誰が家に入ったのか。
直樹とは誰なのか。
圭介が僕たちを驚かせるために仕組んだのではないか。
圭介はずっと否定していました。
そのうち受験が近づき、僕たちは以前ほど遊ばなくなりました。
高校も全員別になり、自然に連絡を取らなくなりました。
それから三年後。
高校を卒業した春に、拓海から連絡が来ました。
久しぶりに四人で会わないか、という内容でした。
僕たちは駅前のファミリーレストランに集まりました。
三年ぶりだったと思います。
最初は学校や進路の話をしていました。
あの出来事について、誰も触れませんでした。
食事が終わる頃、拓海が古いスマートフォンをテーブルに置きました。
中学生の頃に使っていたものだと言いました。
家の片づけをしていたら、机の奥から出てきたそうです。
その端末には、昔撮った写真が残っていました。
学校の行事や、遊びに行ったときの写真です。
拓海は何枚か画面を動かしたあと、一枚の写真を開きました。
僕たち四人が、拓海の部屋でゲームをしている写真でした。
あの日に撮ったものだと言います。
僕には、撮られた記憶がありませんでした。
画面の手前に拓海がいて、その横に僕と亮太が座っていました。
圭介はベッドに腰かけています。
僕たち四人が、全員写っていました。
では、誰が撮ったのか。
タイマーを使ったような位置ではありません。
誰かが部屋の奥から、僕たちにスマートフォンを向けて撮った写真でした。
それだけでも十分気味が悪かったのですが、拓海が見せたかったのは別の部分でした。
写真の端。
勉強机の椅子に、男子が一人座っていました。
僕たちと同じくらいの年齢に見えました。
制服ではなく、黒いパーカーを着ています。
顔は下を向いていて、よく見えません。
その男子の右手には、ゲーム機がありました。
僕たちが使っていたものと同じ機種です。
僕は知らない人でした。
亮太も圭介も、知らないと言いました。
拓海も、その男子を見たことがないと言いました。
写真の情報を見ると、撮影日は、あの出来事があった日でした。
撮影した端末も、拓海のスマートフォンになっていました。
でも、拓海自身は写真の中にいます。
もう一つ、おかしなことがありました。
写真のファイル名です。
普通なら数字や撮影日時が表示されるはずですが、その写真だけ名前が変更されていました。
「五人で遊んだ日」
そう書かれていました。
誰も、その名前を付けた覚えはありませんでした。
僕たちは写真を消すことにしました。
拓海が削除ボタンを押し、ゴミ箱からも消しました。
端末の電源を切り、その場で写真がなくなったことも確認しました。
それからは、その話をしないようにしました。
今でも四人とは、年に一度くらい連絡を取ります。
ただ、全員で会うことはありません。
誰かが誘っても、必ず一人は都合が悪くなります。
四人そろうことを、みんな何となく避けているのだと思います。
去年、拓海から一枚の画像が送られてきました。
機種変更をしたとき、昔の写真が自動的に新しい端末へ移されたそうです。
あの写真でした。
削除したはずの写真です。
以前と同じように、僕たち四人と、椅子に座った知らない男子が写っていました。
ただ、前に見たものとは少し違っていました。
椅子に座っていた男子が、顔を上げていました。
笑っていました。
そして写真の手前。
僕たちを撮影している人物の肩が、少しだけ写り込んでいました。
黒いパーカーを着た男子の肩でした。
僕たちは、あの部屋に四人でいたのではありません。
五人でもなかったのだと思います。
写真を撮った人まで数えるなら、
あのとき部屋には、六人いたことになります。




