18.魔力と魅力・2
自分には強い魔力がある。しかもリーランドと同等か、それ以上だという。その魔力が人を惹きつけるのだ。
そう聞いてしまっては、教えてくださってありがとうございます、ではさようならとヴェルチェ家に帰るわけにもいかず、結局フレデリカは〝シュナーゼ〟に滞在することになった。
「魔力を抑えることはできないのでしょうか……」
「残念ながら、それはできません。〝抑制眼鏡〟をかけているあいだは魔力の流れをコントロールできますが、自力では難しいというのがぼくの至った結論です。人為的に魔力切れを引き起こす方法なども考えてみたのですが、こちらは体に危険が出るので」
「そうですよね、ごめんなさい……」
国内だけで悪女だと噂されているフレデリカよりも、大陸を分かってまで噂が広まり、姿を現せば大騒ぎになるリーランドのほうが問題は深刻に決まっている。フレデリカが考えることくらい、リーランドはすでに試してみたのだ。
うつむき、黙り込むフレデリカに、リーランドは「お力になれず申し訳ありません」と謝った。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。いま考えていたのは、べつのことで……」
フレデリカが思ったのは、〝悪女〟の自分に声をかけてきた令息たちのことよりも、それ以前――幼い頃に褒めてくれた侍女やメイドたちのことだった。
彼女らは、フレデリカの魔力に惹かれ、心にもないことを言っていたのだろうか。
(ノイラやセレネも――?)
表情を曇らせるフレデリカを、リーランドはじっと見つめた。それから、静かに告げる。
「……あなたが得てきた賞賛は、魔力のせいではありません。魔力で大げさになっているかもしれませんが、心にもないことを言ったわけじゃない」
「リーランド様……」
「不安になりますよね」
眉をさげて小さく笑うリーランドに、フレデリカは頷いた。
これもリーランドには、すでに通った道なのだ。
「たしかに魔力が勝手に人を惹きつけることはあります。しかしそれは反感となって現れる。自分の意思に反した感情を持たされるのは、誰だって嫌ですからね……フレデリカ嬢の周りでいえば、眉をひそめていた令嬢たちです」
「ああ……」
フレデリカはほっと息をついた。では、これまでにもらった褒め言葉の何割かは差し引くとしても、素直に受けとってよろこんでもいいものらしい。
「ちなみに」
とリーランドが人差し指を立てる。
「我が家に仕える使用人たちは魔力に耐性があります。そうでなければぼくの言いなりになってしまいますから。だから、ノイラとセレネは――」
リーランドの表情が真剣なものになった。
「あれが素です」
「あれが素……」
「はい」
たしかにそうだ。だって彼女たちは、ネリガン公爵邸では完璧な侍女だった。「ひゃっほーう!」と飛びかかってきたり、「きゃんわイイイ!!」と叫び声をあげたりはしなかった。
そのことを思いだし、フレデリカの口元に笑みが浮かぶ。
「ふふ、ありがとうございます」
笑顔のままリーランドを見て、フレデリカは首をかしげた。
なぜか、リーランドは顔を赤くして視線を逸らしている。
「あー、いえ、これは……先日のデートが想像以上に楽しかったなと思いだしたというか……」
「?」
染まった頬をかくリーランドは、さっきまでの解説が嘘のように歯切れが悪い。
デートはとても楽しかった。リーランドに買ってもらった黒い犬のぬいぐるみは、フレデリカの部屋に飾ってあるし、パンケーキはいま思いだしてもほっぺたが落ちそう。
(でも、それがいまなんの関係が?)
「気にしないでください」
「はあ……」
そう言われてしまってはそれ以上に尋ねることはできず、フレデリカは話題を変えることにした。
リーランドから持っていてよいと言われた抑制眼鏡をとりだし、「あの」と声をかける。
魔力のことはわかった。
現状、強い魔力の影響を抑えるにはこの眼鏡をかけるしか方法がないということも。
「きっととても高いものだとは思いますが、この眼鏡を私に買い取らせていただけないでしょうか」
「……」
なぜだろう、リーランドが悲しそうな顔になってしまった。
「えっと……」
「いや、すみません、そこがフレデリカ嬢のいいところですよね」
両手で顔を覆い、「眼中にないのか……?」と呟いてから、リーランドはフレデリカに向きあった。
にこりとほほえみが戻ってくる。
「お金は必要ありません。それはあなたへのプレゼントです」
「え……っ、え、こんなによくしていただく理由がありません」
フレデリカを壁にしていたお礼とは聞いたが、それはもう十分にもらった。
宿に泊めてもらい、食事まで出してもらっている居候の身だ。せめてドレスや靴などのお金は必ず返そうと決めている。これ以上甘えることはできない。
「ヴェルチェ家の当主を私と認めていただけるよう、王宮へ手続きに行きます。それがすんだら、お金はお支払いします」
「…………やっぱり眼中にないのか……」
「え?」
「いえ、なんでも」
こほんと咳払いをして、リーランドはまた首をかしげているフレデリカの手をとった。
「お金のことは気にしないでください。ぼくはただ、あなたに少しでも笑顔になってほしい」
ほほえむリーランドに、フレデリカは目を瞬かせた。
なぜかその笑顔が、自信なさげに見えるのだ。
「ぼくもあなたと同じような目に遭ってきたからわかるんです。これまでのあなたがひどく戸惑い、悲しんできただろうことが」
「リーランド様……」
覗き込んだアクアブルーの瞳が揺れる。
重なった手はあたたかくて、フレデリカはデートの日を思いだした。あの時は、少々強引とも言える態度で手をつなぎ続けていたリーランドだけれども、今はそっと触れるだけだ。
フレデリカから手を離したリーランドは、自身の眼鏡をとりだした。
「この眼鏡は姿を消せるわけではありません。魔力――存在感を、おぼろげにするだけです。一度認識されたり、名指しされたりすれば効果は薄まる」
リーランドは小さく息をついた。
「晩餐会にいた、ぼくをさがす人々……あなたの妹さんも、一瞬ぼくを認識したはずです。でもぼくがみすぼらしい身なりだと思って無視した。そんななかで、あなたはぼくを見つけてくれた。普段から周囲に細やかな気配りをしている証拠です」
「!」
そんなふうに言われるとは思っていなくて、フレデリカは目を見開いた。
驚いた表情のフレデリカに、リーランドは照れくさそうに笑いかけた。
「あのときのあなたの笑顔は、本当に美しかったんですよ。ぼくは嬉しかった。だから贈らせてください」
「……!」
フレデリカは息を呑んだ。
これまで耐えてきたことが次々と胸に湧きあがってくる。けれどそれらは、ノイラやセレネの施してくれたお化粧、レイトのおいしい料理、リーランドとの楽しかったデートの思い出で、上書きされていく。
魔力に対する正しい知識と、魔力の影響をコントロールするすべを持っていれば、こんな暮らしもできるのだと、リーランドは見せてくれたのだ。
「ありがとうございます……」
紡いだ言葉は震えてかすれていて、フレデリカは自分が泣いていることを知った。
頬をつたう涙を、ドレスに落ちる前にリーランドが拭ってくれる。
その指先のやさしさに甘えて、フレデリカは目を閉じた。




