17.三日後のセルシオ【セルシオ視点】
セルシオ・マコールは、ようやく入室を許されたネリガン公爵の執務室へ、転がるように駆け込んだ。
晩餐会をつまみ出されてからというもの、セルシオの将来に期待をかけ、息子のようにかわいがってくれていたはずのネリガン公爵は、何度申し入れをしてもなしのつぶてだった。
あの晩餐会で自分が選択を誤ったのはわかる。しかしそれがなんだったのかがわからない。
無礼とは知りながら、このままでは自分の進退が立ちゆかなくなってしまう。そんな必死の思いで公爵邸に押しかけ、なんとかもぎとった面会だった。
「公爵閣下には、ご挨拶の機会をいただきまことにありがたく……」
「あまりにも面倒だったからな」
ほんの数日でやつれ果て、人相の変わったセルシオを、ネリガンは興味なさげに見やって言った。
冷たい視線にセルシオの表情が引きつる。
社交辞令、という言葉どおり、社交界には本音ではない言葉が数多く飛び交っている。公爵ともなれば行動には様々な理由があるはずで、自分にすべてが明かされているとは思っていない。
しかし、貴族とはここまで裏表のあるものだとも、知らなかった。
高位貴族の庇護がなければ、伯爵家の四男など吹けば飛ぶような権威しかない。
青ざめた額を床にこすりつけ、セルシオは平伏した。
「公爵閣下! ご不快な思いをさせてしまったことはお詫びしてもしきれません。しかし、今一度チャンスをいただけないでしょうか。せめて、何がお怒りに触れたのかを聞かせてください」
セルシオの言葉にネリガンは太い眉をぴくりと動かし、ため息をついた。
「何が、だと? お前はわしの言うことを聞かなかったではないか。婚約者を連れてこいと言ったのに、遊び女なんぞ連れてきよって」
「遊び女……?」
顔をあげたセルシオの表情が怪訝なものになる。
「お言葉ですが、公爵閣下。私が紹介したのはフレデリカではありません。妹のエイベルです。おっしゃるとおり、悪女のフレデリカは子爵家を継ぐのにふさわしくないでしょう。だからかわりにエイベルを……」
「だからそのエイベルが遊び女だと言っている。なんだ、本当に知らんのか」
ネリガンは執務机にあった数枚の書類を、まだ床にひれ伏したままのセルシオに向かって投げた。
そばに落ちた一枚を手にとり、セルシオは顔をこわばらせる。
「王都の店で聞き込みをさせた。声をかけたのはフレデリカ嬢だろうが、遊び歩いているのは妹のほうだぞ」
「……!」
「まあ、わしもフレデリカ嬢が噂どおりの〝魔性の悪女〟だと思っておった。リーランド様の依頼で調査をしただけだが」
「リーランド様……?」
それはあの夜エイベルが走りよっていってしまった、隣国ホレスベルの公爵令息。
なぜその名が出てくるのか。
「リーランド様がなぜ〝放蕩令息〟などと呼ばれながらホレスベル国王の庇護を受けていると思う。あの方はホレスベルきっての魔導師で、魔道具の開発も数多く手がけておられる。縁を結びたいと思う貴族はいくらでもいる」
セルシオが何度も手紙を送り、屋敷まできて懇願してようやくネリガンへ目通りが叶ったように、ネリガンもまた居場所を転々とするリーランドを追い続け、かき口説いて、ようやく屋敷に招くことができた。
その際にリーランドが興味を示したのは、メルクス王国の社交界で話題の〝魔性の悪女〟。
「お前に目をかけていたのは、フレデリカ嬢との縁を作っておきたかったからだ」
「だったら、そう言ってくだされば……!」
「言うなとのお達しでな――あの方は」
責める言葉を口にしかけて遮られ、セルシオはハッと口をつぐんだ。
今、セルシオはネリガン公爵の庇護を完全に失った。そのことがわかったからだ。
「注目を集めるよりも静かな観察を好まれる。ご自分と同じ境遇の人間がどう扱われているか、ありのままをご覧になりたかったのだろうよ」
「……?」
謎めいたネリガンの言葉を、さらに問う気力はセルシオにはなかった。
彼にできるのは己の置かれた立場を理解し、打ちひしがれて公爵邸をあとにすることのみ。
「さあ、お客様のお帰りだ」
ネリガンがぱちんと指を慣らすと、ドアが開き、入ってきた執事がセルシオの肩をつかんだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
初日の連続投稿はここまでですが、次話からもまだまだお話は続きます。
リーランドがまったりフレデリカを甘やかしつつ、義妹エイベルが再登場してくる予定です。
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