16.魔力と魅力・1
席についたフレデリカは、驚きを表情に浮かべてしみじみと眼鏡のつるに触れた。
「この眼鏡は、本当に存在感をなくしてしまうのですね」
店に入った時、店員はリーランドとフレデリカの姿に気づいていなかった。リーランドに言われ、一度眼鏡を外したことで、認識できるようになったらしい。
「そういえば、ノイラがこれは〝抑制眼鏡〟で、魔力の影響を抑えると言っていたような気がしたのですが……」
「あー、そうですね」
フレデリカの言葉に、リーランドは目を泳がせた。
「申し訳ありません。効果について、フレデリカさんには少し嘘をつきました」
「それは、どういう……?」
やはり存在感を消す眼鏡ではないということなのか。
ちょうどそのとき店員がワゴンを押してやってきて、リーランドは口をつぐんだ。
「お待たせいたしました。どうぞごゆっくり」
テーブルに置かれたパンケーキと紅茶は、どちらもほかほかと湯気を立てている。
パンケーキはきれいな円形をしていて高さがあった。それが三段重ねで、大きなバターがのせられ、シロップがかかっている。なかなかの迫力だ。
「あとできちんとお話しします。温かいうちに食べませんか?」
うながされるままにパンケーキをひと切れ口に含み――フレデリカは、目を見開いた。
「おいしいです! パンケーキがふわふわで……雲を食べているみたい」
人気の秘密はこれだったのかと納得した。どう焼けばこんな食感になるのか、メレンゲのようなパンケーキはふっくら・ふわふわ・しっとりのすべてを兼ね備えていた。
バターの塩気とシロップの深い甘みが、やわらかなパンケーキといっしょになって口の中でとろける。
じっくりと旨味の出た紅茶とも相性は抜群だ。
「これはすごい……期待以上です」
リーランドも目を丸くしている。
「〝ふわっ〟で、〝とろっ〟で、〝じゅわっ〟ですね!」
なにを言っているのかと思うかもしれないが、そうとしか言いようがない。
興奮した様子のフレデリカを、リーランドは笑ったりせず、むしろ真面目な顔で頷いた。
「ええ、〝ふわっ〟で、〝とろっ〟で、〝じゅわっ〟ですね」
こういうのを〝やみつき〟というのだろう。
不思議な食感とよくあう甘じょっぱいおいしさを確かめているうちに、いつのまにかパンケーキは皿からなくなっていた。
「ごちそうさまでした……!」
手をあわせて顔をあげ、フレデリカは「あっ」と声を漏らした。
フレデリカよりも早く食べ終わったリーランドが、いつの間にかフレデリカを見つめていたのだ。
どうやらリーランドはフレデリカが食べているところを見るのが好きらしい、と思う。宿でもレイトの料理に舌鼓を打つフレデリカをにこにこと眺めていた。
無防備に顔をゆるめて食べている姿を見られるのは少々恥ずかしいが……。
こんなに楽しくて、心躍る日はもう長いあいだなかった。
「ありがとうございます、リイトさん。すっごく素敵なデートです」
はにかみながら、フレデリカはリーランドに笑いかけた。
「ッ!」
「……?」
リーランドはなぜか、口元を覆ってうつむいてしまった。
「……あとで、もう一度言ってもらっていいですか。本名のほうで」
「? はい、何度でも」
いくら感謝をしてもしたりないくらいだから、それはいいのだけれど。
手の合間から見える頬は赤く染まっているような気がして、どうしたのだろうとフレデリカは首をかしげた。
*
「先ほどの話は、宿までの道すがらにでもお聞かせします」
支払いを終え、そう言うリーランドの言葉どおり、店から出て少し行った馬車停めに、レイトの操る馬車が待っていた。
もしかしたら、万が一にも聞かれたくないことだったのかもしれない、とフレデリカは気づいた。ノイラがあっさりと眼鏡の仕組みを教えてくれたからホレスベルでは常識なのかと思っていたけれど、犯罪に使われるというのだから機密だとしてもおかしくない。
納得して乗り込んだフレデリカたったが、
(あれ、いつのまにか〝シュナーゼ〟に戻ることになっているわ)
また子爵家へ戻る機会を逸した、と気づいたときには馬車は動きだしていた。
おまけに馬車の座席にフレデリカと向きあうように座ったリーランドは、眼鏡を外し想定外の真剣なまなざしを投げかけてくる。
「単刀直入に言います。眼鏡の効果は魔力の影響を抑制することで間違いありません」
「はい」
なんとなく自分も眼鏡を外して視線を受けとめ、フレデリカは真面目な顔で頷いた。
真正面から見るリーランドの素顔に見惚れそうになりながらも、彼の言葉に意識を集中させる。
「魔力の強い人間は、〝いる〟だけで周囲に影響を及ぼすことがあります。漏れ出た魔力が人を惹きつけるのです」
リーランドは視線を落とし、眼鏡のつるをなぞった。
「ぼくも魔力が強いほうです。この眼鏡は漏れ出る魔力を抑制するためのもの」
「なるほど……」
そう聞けば、リーランドのもとに大勢の令嬢たちが押しよせ、また令嬢でなくとも人々が目を奪われていた理由もわかる。
ただでさえ見惚れてしまう容姿なのに、魔力の効果が加わり、周りが放っておかない。
そんな状態ではひとところに留まることはできないから、各地を転々とするうち、〝放蕩令息〟と呼ばれるようになったのだろう――。
納得していたフレデリカは、次の言葉に動きを止めた。
「つまり、フレデリカ嬢も、魔力が強い。ぼくと同等か、もしかしたらそれ以上に」
「……なるほど……?」
なぜ皆が自分に構い、褒めてくれるのかと幼い頃から不思議だった。自分が異質なもののように感じていたのだ。
それが魔力のせいだと聞かされて、ようやく腑に落ちた――。
「え、えええええええっっっ!?!?」
そんなにすんなりと落ちるわけがなかった。
「わたっ、私に魔力があるんですか!?」
「厳密には、魔力は誰にでもあります。ただ、魔法が使えるほどに強い魔力を持つ人間はほんのひと握りしかいません」
「魔法が使えるんですか!? 私が!?」
「訓練すれば、いずれ」
「ええええええっ!!」
「〝魔性の悪女〟の噂を聞いたときから、ぼくと同じような体質だろうと思っていました。最初に会ったネリガン公爵邸での晩餐会で、あなたは抑制眼鏡をかけたぼくを認識していた。それで予想が確信に変わったんです」
「ええ……はあ、ええええ……」
説明を重ねられても、フレデリカの驚きはなかなか消えなかった。驚くなというほうが無理な話だと思う。
混乱したままの口から「はあ」「へえ」「ほお」が勝手に出てしまう。
リーランドがカフェで話を始めなかったのはこのためだったのだと、フレデリカは理解した。




