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義妹の命令で『魔性の悪女』を演じていたら、婚約者にも捨てられました ~放蕩令息は魔性の悪女をお望みです~  作者: 杓子ねこ


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15.カフェ店員の静かなる驚愕【モブ視点】

 今をときめくカフェ〝ハートランド〟は、店主がこだわりを持って揃えたコーヒー豆と茶葉、ふわふわのパンケーキが売りだ。

 オープンしてすぐに王都で一世を風靡したこのカフェには、貴族の皆様もおしのびで訪れているらしい。

 

 そんなカフェで働けることがミスティの誇りだった。

 こげ茶の髪を一つにまとめ、エプロンをつけた彼女は、その日も忙しく店内を動きまわっていた。

 

「いらっしゃいませ――……あら?」

 

 振り向いたミスティは不思議そうな顔で首をかしげた。

 ドアベルの音を聞いた気がしたのに、誰もいない。店内だけ覗き込んで帰っていったのだろうか。店が有名になって気になるのは仕方がないけれど、ひやかしはやめてほしいものだ。

 

 けれど、店の奥へ戻りかけたミスティは、

 

「フレデリカさん、眼鏡を」

 

 という声を聞いてもう一度振り向いた。そして驚きに目を見開いた。

 

 誰もいなかったはずの空間に、絶世の美男美女が立っていた。

 青年のほうは、輝く金髪に負けない整った容姿、なによりそのアクアブルーの瞳が神々しささえただよわせる。連れの令嬢も、花がほころぶような瑞々しく美しい顔立ちに、艶めく黒髪を重ね、おそるおそるといった表情でミスティを見ていた。

 

(……!? ……!?!?)

 

 絶叫しなかったのは、ミスティの仕事に対する矜持のゆえだった。

 貴族もおしのびで訪れているらしいという噂は嬉しい。そんなカフェで働ける自分が誇らしい。

 けれど、〝ハートランド〟のお客様であるからには、平民も貴族も同じように全力で接客をする。気に入りの客だからといって媚びへつらったり、差をつけたりはしない。

 

 だから、この世のものとは思えない美しさの男女がやってこようとも、その寄り添って立つふたりの姿がどれほどお似合いで見ているだけで胸のときめきを感じるものであろうとも、美形圧の暴風を感じようとも、絶叫するわけにはいかない。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ミスティはにっこりと笑顔を作り、現れたお客様を見た。

 

(――あれ……???)

 

 またもや不思議そうな表情で、ミスティはぱちぱちと目を瞬かせる。

 目の前にいたはずの美男美女カップルは、なんとも野暮ったい眼鏡カップルに変わっていた。

 

 青年のほうはくすんだ髪色に重たい前髪、服装はきちんとして清潔感のあるものだけれどもどことなく薄幸感があるというか、まるで雨に打たれた捨て犬だ。乾かしてブラッシングすればよくなるかもしれないが今はとにかく野暮ったい。

 連れの女性も、貴族令嬢かと見えたまばゆい美しさは消えて、癖のある黒髪をがんばって編みました、といったところ。服装もドレスなどではなく、控えめなワンピース。恋人のための努力はうかがえるから、好印象ではあるけれども。

 

 有り体に言うなら〝恋人になりたての平々凡々な平民カップル〟で、王都の中ではまがうことなき背景(モブ)側、眼鏡を外したくらいであの美男美女になるわけがない。

 

 とはいえ、〝ハートランド〟のお客様であるからには、平民も貴族も同じように全力で接客をする。それがミスティの矜持だ。

 絶世の美男美女が平々凡々になったからといって態度を変えたりはしない。

 

「おふたり様ですか」

「はい」

 

 青年のほうが頷いた。その際にちらりと女性へ視線を向け、ほほえんだのをミスティは見逃さなかった。

 

 これはたぶん、初デートだ。

 田舎から出てきて王都で出会った男女が、初めての思い出に奮発してカフェ〝ハートランド〟を選んだ――そんなところだろうか。

 

「窓側のお席が空いております。中央通りの景色が眺められますよ」

「では、そこでお願いします」

「かしこまりました」

 

 ふたりは行儀よくミスティのあとをついてくる。

 

(ふふふ……! あの席で店主さんのお茶を飲んでケーキを食べたら、最高のデートになりますよ……!)

 

 幸せそうに手をつなぎ、どれにしようかと話しあいながら歩くふたりに、内心でにんまりと笑うミスティだった。

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