14.地味(おしのび)デート
王城からまっすぐにのびる中央通りを、フレデリカはリーランドと並んで歩いていた。
コンセプトは〝平々凡々な平民〟らしいから、馬車には乗らずに歩いて王都を見物する、というのはわかる。ただ、今にして思えばその〝平々凡々な平民〟の前と後に、〝恋人になりたてのカップル〟という謎の設定がくっついていた。
「……どうして手をつないでいるのでしょうか」
だから、尋ねても意味がないとは知りつつ、言わずにはいられない。
「恋人のふりをするからですよ」
リーランドは楽しそうに言う。でもその楽しさは、フレデリカと恋人になりたいから、なんて夢見がちなことは考えない。
本当の理由は、フレデリカにも推測できた。
「からかっていますよね?」
横目でじっとりとした視線を送ると、リーランドはばつが悪そうに笑った。
「行きたかったカフェに好みのご令嬢と行けることになって、浮かれているのは確かです」
「……!」
一瞬言葉に詰まってから、「またそんなことを」とフレデリカは眉根を寄せた。冗談だとわかっていながらいちいち反応してしまう自分が恨めしい。
ため息をひとつついて、フレデリカは気を取り直すことにした。赤くなって反応してしまう自分には閉口だが、この状況はフレデリカにとってもまんざらでもない。
人の方を気にしなくていい王都散策。隣に並ぶのは皆の憧れの的。
中央通りには立派なショーウィンドウを備えた店が並び、見ているだけでも心が弾む。
「――フレデリカさんは、こういったものがお好きですか?」
とある店の前で、いつのまにか足を止めて見入っていたらしい。リーランドに覗き込まれ、フレデリカは我に返った。
「あ、いえ……――はい」
つい否定しそうになって、今日はかまわないのだと思いだしたフレデリカは首を縦に動かした。
いま、このときは、悪女のふりをする必要はないのだ。
フレデリカが見ていたショーウィンドウに飾られているのは、たくさんのぬいぐるみたち。定番のウサギやクマ、ネコなどのほか、キツネ、トラ、ヒヨコ、それにドラゴンのような魔獣、見たこともない動物まで。
様々なぬいぐるみが、仲よく身を寄せあっている。
「ぼくも見たいです。店に入ってもいいですか」
「はい」
リーランドに手をつながれたまま、フレデリカは店に入った。
「わあ……!」
店にはぐるりと取り囲むように棚が置かれ、ショーウィンドウよりもたくさんのぬいぐるみが飾られていた。
思わず歓声を漏らし、フレデリカは棚に駆けよる。
無意識のうちに手を振り払われたリーランドが眉をさげたが、それにも気づかない。
ぬいぐるみは色のバリエーションも豊富で、明るい店内に飾られた色とりどりのぬいぐるみはどこか幻想的な雰囲気でもあった。
いくつかの棚を見てまわったあと、フレデリカは身をかがめてひとつのぬいぐるみを持ちあげた。
両手で抱くとちょうどいいくらいの大きさの、黒い犬のぬいぐるみだ。耳はピンと尖った三角で、目の上に眉のような丸くて白い模様がある。ガラスでできた目の色も黒だから、一見すると眉のほうが目かと間違える、なんとも愛嬌のある顔をしている。
「それにするんですか」
いつのまにかそばに近よってきていたリーランドが後ろから覗き込んで尋ねた。
「はい、かわいいです」
「ぼくに贈らせてください」
そう言うと、リーランドはフレデリカが振り向く前に腕の中からぬいぐるみをとりあげて、店主の座るカウンターへと歩いていく。
「そんな、そこまでは」
「ぼくたち恋人ですよ。初デートの記念にしたいじゃないですか」
慌てて追いかけるフレデリカにリーランドはしれっと笑う。
カウンターでサルのぬいぐるみにボタンの目をつけていた店主らしき老人が、顔をあげて二人を見た。
「なんだね、初めてのデートなら恋人に花を持たせてやんなよ、お嬢さん」
「……ほら」
眉をあげたリーランドがフレデリカに目配せする。
二人から言われては断りきれず、フレデリカは「ありがとうございます」と頭をさげた。
カウンターに置かれた黒犬のぬいぐるみを見た店主は、「ふむ」と声を漏らした。
「500ゼルだね」
(思ったより高い……!)
買い物といえば子どもの頃の思い出しかないフレデリカは、ぬいぐるみの相場など知らなかった。けれど使用人のように働き、時には食料の支払いなどもしていたから、金銭感覚は平民並みといっていい。
値段を知って青ざめたものの、今さら買うのをやめるとも言えず、財布をとりだすリーランドに「ありがとうございます……」ともう一度頭をさげるしかなかった。
店主はわざわざラッピングまでしてくれた。アイボリーのリボンのかかった袋を右手に持ち、リートランドのエスコートを左手で受けて、フレデリカはぬいぐるみ店を出た。
それからもフレデリカはウィンドウショッピングを楽しんだものの、店に入ろうとはしなかった。
「かえって気を使わせてしまいましたね。申し訳ありません」
言葉どおりばつの悪そうな顔で、リーランドは頬をかいた。
「いえ……私も、なにもわかっていないなと反省しまして」
王都の中央通りに堂々とした店を構えるのだ、ぬいぐるみとはいえ手頃な値段のはずがなかった。貴族御用達とか、実は他国にも輸出されるほど有名とか、そうした店なのかもしれない。
(私も一応は貴族なのだけれど……)
あの店のお得意様にはなれそうにない。けれどリーランドはあっさりと買っていたから、やはりあの店はリーランドのような階級の人物向けなのだろう。
そんなことを考えてしまうので、店には入らず、外から眺めるくらいがちょうどいいのだ。
しばらく歩いて、今度はリーランドが足を止めた。
目当ての店についたらしい。
テラス席に広がるパステルカラーのオーニングや、筆記体であしらわれた〝ハートランド〟の店名、花柄の透かしの入ったテーブルとチェアのセットなど、フレデリカにとってはお伽話の世界のような一方、たしかにリーランドには入りにくい店だろう。
しかも他人から見た今の彼は、雨ざらしの捨て犬なのだ。
(まあ私も同じね)
鏡に映った自分を思いだし、苦笑を一つこぼしてから、フレデリカはリーランドとともに店に入った。




