13.地味(おしのび)のすがた
「ねえ! 見てノイラ! フレデリカ様ったらすばらしいプロポーションよ!」
「本当に。髪もサラサラ、お肌もすべすべ」
「はあああ最高だわ、ようやくご令嬢の、しかもこんなとびきりの別嬪さんを飾り立てられるなんて」
「落ち着いて、セレネ。今日のデートコンセプトは〝恋人になりたての平々凡々な平民カップル〟。飾り立てちゃだめなのよ」
「あら、〝恋人になりたての〟と言うからには勝負服じゃない」
両側から言葉を浴びせかけてくるノイラとセレネに挟まれ、フレデリカはなにも言えずに突っ立っていた。
二人は口と同じ速さで手も動かすので、フレデリカの身支度は勝手に整っていっている。
貴族階級のものではないが、流行の型で、かわいらしいフリルのついたワンピース。黒髪は編んでから低い位置で一つにまとめ、両サイドに残した髪をたらす。
顔立ちをきつめに強調していた化粧がふたたび施されることはなく、ノイラはあれこれと道具を取り替えながら、自然に見えるやわらかな印象に仕上げてくれた。
「はあ……元のお顔立ちは美人系ですが、甘めのメイクも似合いますね」
「フレデリカ様は姿勢や所作もお美しいですからね。努力もされてきたのでしょう」
素の自分を褒められるのは久しぶりだ。ノイラの言ってくれた姿勢や所作を、フレデリカは幼い頃の令嬢教育によって身につけ、今も一人で復習をしている。
その努力を認められたことはとても嬉しかった。
「あ、ありがとう……」
頬を染め、へらりとはにかんだ笑顔でお礼を言うと、二人の侍女は固まった。と思いきや、
「「キャ――――――ッッ!!! かんわイイイッ!!」」
と黄色い絶叫があがる。
おすましの侍女としても働ける二人だが、素の性格はこちららしい。
先ほども、本音で行くと宣言をしたノイラとセレネが声をあわせて「「ひゃっほーーーーう!!」」と飛びかかってきたので、思わず悲鳴をあげてしまった。
「さっ、できましたよ!」
「我ながらいい仕事をしました。こんな方がリーランド様の佳き人になってくださったら……あ、いえいえ、なんでも」
「どうぞ、鏡をご覧ください」
満足げな二人の侍女にうながされ、フレデリカは鏡を覗き込んだ。
そこに映るのは〝魔性の悪女〟などではない、自分の変化に戸惑いを見せる、可憐な令嬢だった。
(こんなにかわいくしてもらったのは、お父様がいなくなってから初めて……)
おずおずとほほえむと、鏡の中のフレデリカもほほえみ返してくれる。
サラやエイベルに家を乗っ取られず、穏やかに暮らしていたら、自分はこんなふうに成長したのかもしれない。
そんな切ない気持ちは、セレネの「完璧……最高です……しかしかわいすぎる……」という低い呟きに遮られた。
「平々凡々な平民には見えませんね」
「まあ、これがあるから」
ノイラがとりだしたのはリーランドがかけていたものと同じ、分厚いレンズを備えた眼鏡だ。
「どうぞ」と手渡された眼鏡をかけると、鏡に映るフレデリカの姿はくすんでしまったように目立たなくなった。
オイルを塗って編み込んでもらった髪も艶をなくし、ボサッと無造作に束ねたように見える。
「すごいですね、この眼鏡。魔道具なんですよね?」
両手でつるを押さえながら、フレデリカは感心して言った。
「はい。この眼鏡は、レンズの周囲に見えないほど細い線で特殊な魔法陣が彫り込まれています。そこに装着者本人の魔力が流れると効果が発動して、魔力の影響を抑制するんです」
(ん? マリョク? ミリョクではなくて?)
フレデリカが首をかしげるうちに、ノイラはどんどん話を進めていく。
「本来の名称は〝抑制眼鏡〟なのですが、この眼鏡をかけると地味を通りこしてみすぼらしい姿に見えるので、ホレスベルでは〝幻滅眼鏡〟と呼ばれています」
その説明は存在感を薄めるのだというリーランドの言葉ともあっていた。
一瞬魔力がどうと聞こえたのは、
(たぶん、聞き間違えかしら)
とフレデリカは思った。
ちょうどその時、部屋のドアがノックされて、廊下から声がかかる。
「フレデリカさん、準備はできた?」
ドアを開ければ、フレデリカと同じように抑制眼鏡をかけたリーランドが立っていた。
「あら?」
若い商人といったふうな服装に整った顔立ちを台無しにする野暮ったい眼鏡をかけたリーランドは、雨に濡れた捨て犬のような風貌になる――はずだった。
けれど、フレデリカの目には、リーランドは以前と違って映った。
分厚いレンズが見えにくくしているのは確かなのだが、アクアブルーの瞳はちゃんとわかるし、髪もボサボサというほどではない。
声をあげたフレデリカの疑問を察したのだろう、リーランドは「ああ」と人差し指を立てた。
「眼鏡をかけている者どうしでは効果が出にくいように作ってあるんです。さもないと悪用されたときに困りますから」
「なるほど……!」
この眼鏡をかければ存在感が薄くなり、印象もガラッと変わる。リーランドのような有名人が姿を隠すのに使うくらいならいいが、犯罪に使われてはたまったものではない。
「では、行きましょう。ぼくはフレデリカさんと呼びますから、ぼくのことはリイトさんと」
「はい」
きっと、リーランドがフレデリカと呼んでも、誰も自分が〝魔性の悪女〟だとは気づかない。それどころか貴族令嬢の身分も忘れて王都を楽しめるかもしれない。
リーランドがさしだす手に、フレデリカは自分の手を重ねた。
無意識に自分の口元がほころんでいることには気づかずに。




