12.デートのお誘い
予想どおり、と言っていいのかどうか、数時間後のフレデリカは、リーランドたちが滞在しているという宿〝シュナーゼ〟にいた。
フレデリカ自身は一応「ヴェルチェ子爵家に戻ります」と言ったものの、昨夜の晩餐会からそのままネリガン公爵邸に宿泊してしまったフレデリカに自由に使える馬車はなく、歩いて帰ろうにもドレスもリーランドが着せてくれたもので、フレデリカがもともと身につけていたドレスよりもずっと質がいい。
このドレスを着たまま、リーランドの許しなしに帰ることはできない。
そのうえ眼鏡を外したリーランドが、
「まだフレデリカ嬢との時間を楽しみたいのですが……」
なんて、うつむきかげんの上目遣いに言うものだから、断れなかった。
(あらためて見ると、リーランド様は整ったお顔立ちをされていらっしゃるわ……)
いま、リーランドとフレデリカは〝シュナーゼ〟の一室で向かいあって昼食をとっている。
ちらりとリーランドに視線を送り、フレデリカは頬を染めた。
星屑をちりばめたように繊細な輝きを放つ金髪と、透き通るアクアブルーの瞳。すっきりと通った鼻すじも薄い唇も完璧な作り物のような、人間離れした美しさなのに、同時に匂い立つような生命力や存在感を持つ、なんとも不思議な印象を受けるのだ。
フレデリカは数々の貴族や令息を相手にしてきたけれども、誘うばかりであとはエイベルがデートをしていたから、こうして男性の顔をじっくりと見る機会はなかった。
「……見惚れてくれているんですか?」
食事の手を止めたリーランドにほほえまれ、フレデリカは自分の手も止まっていたことに気づいた。
「ッ、失礼いたしました。私ったら、不躾なことを」
「いえ、かまいませんよ。見惚れてもらったのは初めてです」
リーランドは小首をかしげてくすりと笑い声を立てる。
見惚れる令嬢はいくらでもいるだろうにと思いかけて、フレデリカの脳裏に昨夜の光景がよみがえった。
リーランドが登場した途端、広間じゅうの人間が引きよせられるように彼の周りに詰めかけた。エイベルまでセルシオをほったらかして駆けていった……あれは少し違うかもしれないが。
リーランドに、目にした者を惹きつけるほどの美貌があることは確かだ。
おとなしく見惚れるだけですませてくれる令嬢は少数派だろう。
(昔の私のようね)
そこまでしなくていいと望んでも、周囲が放っておかない――まるで魔法にかかったみたいに。
ふたたび手を動かし始めたリーランドは、香草をまぶして焼いたチキンをひと切れ口に入れ、「これを出すってことはレイトも相当はりきってるなあ」と呟いた。
様々な種類のハーブやスパイスが複雑な香りを作りだし、パリッと香ばしく焼けたチキンによくあう。
「午後は、デートをしませんか」
「デ……ッ!?」
「実は、よさそうなカフェを見つけたのですが、一人では入りにくくて。うちの使用人たちはぼくとの外出を嫌がるし」
驚きでむせそうになったフレデリカに、リーランドはすぐにわけを話した。
文字どおりの意味ではないと知ってフレデリカはほっと息をつく。
「わかりました。ごいっしょするのが私でよろしいのかは疑問ですが……」
「ありがとうございます」
にこりとほほえみ、リーランドは、
「フレデリカ嬢がいいのですよ」
とつけ加えた。
「……!」
ふたたびむせそうになって、フレデリカは口元を手で覆う。
(〝放蕩令息〟は、リーランド様の態度にも問題があるのではないかしら……!?)
流れ星の軌跡を集めて編んだような金細工の前髪。その合間から、同じ輝きの睫毛に縁どられ、澄んだ泉の瞳が覗く。
薄く笑んだまなざしを向けられると、はちぱちと火花が飛んだような、周囲の空気が輝くような錯覚にとらわれるのだ。
見目麗しく、物腰も柔らか、おまけに意味ありげな台詞と視線を送られては、勘違いする令嬢も多いだろう。
わたわたと返答に悩んでいるうちにデザートが運ばれてきて、残りの食事はあっという間に終わってしまった。
「では、楽しみにしています」
とほほえむリーランドに一旦の暇を告げ、フレデリカは割り当てられた部屋に戻った。
ホテル〝シュナーゼ〟は現在、アッシュベリ公爵家によって貸し切られている。リーランド以外に泊まる者のないスイートルームも全室。主に警備面での理由だが、こうしてリーランドが誰かを招待できるようにでもあった。
部屋に戻ると、侍女のふたりがそれぞれお化粧道具とワンピースを手に持っていた。
「あらためまして、フレデリカ様付きとなりました。ノイラと申します」
「セレネと申します」
ネリガン公爵邸でもフレデリカの面倒を見てくれていた二人は、アッシュベリ家の侍女だったらしい。
「ありがとう。よろしくお願いします」
そう言ってから、ふと思いついてフレデリカは続けた。
「あの、あまりかしこまらずに、気軽に接してください」
ノイラもセレネも、隣国の高名な公爵家に仕える侍女。フレデリカが子爵家を継ぐ立場だといっても、身分は同じくらいかもしれない。
それに、フレデリカ自身が、貴人のように扱われることに慣れていなかった。
「お気遣いありがとうございます。では――」
「ここからは本音でいかせていただきます」
(……本音?)
想定外の返答にフレデリカが首をかしげる前に。
顔をあげた二人の、深い森を思わせる緑の目が、鋭く光った。
*
リーランドにシャツを着せていたレイトは、ふと動きを止めて耳を澄ませた。
「今、悲鳴が聞こえたような」
「フレデリカ嬢か?」
リーランドの問いにレイトは「おそらく」と答える。
フレデリカの部屋はリーランドの部屋の隣だが、スイートルームの広さと防音を考えれば、声が聞こえるわけはない。しかしレイトの耳は特別だ。
「ノイラとセレネが大はりきりしているみたいですね」
「だろうなあ。初めてご令嬢の世話ができるんだから気合も入る。……レイト、君もな」
ニヤリと笑うリーランドに、レイトは顔をしかめた。
「それは旦那様もでしょう。せっかくの肉の味をわからなくさせてしまって」
「おいしいって言っていただろ」
レイトが責めているのは、昼食時、リーランドのデート発言で顔を赤くして慌てていたフレデリカのことだ。メインディッシュのチキンの香草焼きからフレデリカの意識が逸れてしまったのはなんとも残念だった。
「あんなに素直においしいおいしいと褒めてくださる方は、なかなかいらっしゃらないのに……」
「ならぼくの気持ちもわかるだろ」
唇を尖らせるリーランドのベストのボタンを留め、ポーラータイの金具をあげながら、レイトは「はあ」となんとも言えない返事をした。
「いちいち反応が初心でかわいらしい。もっと見ていたくなるし、世話を焼きたくなる」
「わかりますが……」
「そうだろ」
「……フレデリカ様はきっと、さすが〝放蕩令息〟と思っていらっしゃいますよ」
腹心の従者の容赦ない物言いにリーランドは苦笑いを浮かべた。
「まあ、いまはそう思っておいてもらったほうがいいだろう。ぼくもどこまで介入するかは決めかねているし」
(――それは)
声には出さず、レイトは心のなかで呟いた。
眉をさげて、困ったような表情で笑うリーランドは、はにかんでいるようにも見える。
(〝放蕩令息〟ではなくなる可能性もあるということですかね)
土地にも、人にも。リーランドはひとところに留まることをしない。諸国を渡り歩き、周囲を魅了し、噂を振りまいて立ち去る。
だからついたあだ名が〝放蕩令息〟。
その主人がフレデリカを特別な相手とみなすなら、使用人としても重要な関心事なのだ。




