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暗澹たる旧世界と煌々たる異世界で伝説の秘宝を探したい!  作者: 青ニシン
第一章 一年で一番幸せな日とか

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#6 旧世界

前回のあらすじ

 中央王国の騎士団から逃れた僕たちは、北西にあった平原の木下にあるダンジョンへと逃げ込んだ。

 夢心地を目指して。


「こっちだ」何百人もの兵士に後を追われる中、ソシテがダンジョン内の分かれ道を素早く決定する。ここは広大な野原の中央に生えていた木が絡みついていたダンジョンだ。かなり年月が経っているようで、床や壁には苔が生え、脆くなっている。


 そんな中を、一本の松明の灯りを頼りに進んでいた。


 道中、罠の起点であろうものに引っかかりはしたものの、どれも機能しなくなっているようで、ダンジョンに備わっている防衛機能は軒並み不能になっていた。


「あの、なんで道がわかるんですか?」ほぼノータイムで左右どちらへ進むべきかを判断するソシテについていく僕が、その疑問に至るのは当然の帰結だったといえよう。僕にはどの道も同じに見える。


「専門知識とか何かしらがあるんですかね?」


「すごいよね〜」


 どうやら皆、思うところは同じらしい。


「勘だ。勘で選んでいる」


「へぇ……勘、ですか」


 勘か……


 ……勘?


 そうして僕らは働かない罠や、空の宝箱なんかを尻目にダンジョンの奥へ奥へと駆け降っていった。このダンジョンはそれ自体が罠なんじゃないかと思えるほど目に見える危険は無く、それがどうも薄気味悪かった。


 ナドにそんな僕の気持ちを投げかけると、


「確か、四、五十年前くらいにダンジョン探検のブームがあったそうですよ。そのせいで地表に見えるダンジョンの九割は探検済みらしくてですね……地図作りが活発になったのもこの時代なんですよ」と、知識豊富に答えてくれた。


「着いたぞ。ここが最奥だ」


 ソシテが言ったその目前には、巨大で両開きの扉が立ち塞がっていた。金属と思えるパーツは全て錆びており、開けるのに用いる労力のことを考えると頭が痛くなる。


「本当に最奥なんですか? いまいち信用ならないんですけど」ナドが文句をつける。


「こっちだ」ソシテが誘導した先には、扉を迂回するように掘られた、人が這って入れる程度の穴があった。


「先達は偉大ですね」僕は心底感心してそう言った。


 ソシテとナドが先行し、僕はその後につく。松明から出た煙が目に沁みる。


 穴の中は湿った匂いと苔で埋め尽くされ、時折虫の卵のようなものが引っ付いていた。


「この卵、つぶつぶとろとろで美味しんだよね〜」


 後ろから何か水っぽいものが潰れるような音がした。


 穴の出口はすぐだった。薄暗く陰気臭い穴を出ると、今度は通路ではなく広間のような場所に出た。前も左右も闇で、松明の明かりは全く届いていないことから、かなり広い場所であることがわかる。


「あるとしたら……ここだ。くまなく探すぞ」


「探すって、何を?」


 僕はそんな当然の疑問を口にした。この広間で一体何を探すというのだろう。


「えっと、多分この辺ですよね? あ、トコロデさんそこ持ってください」


 後ろではトコロデが床板を剥がして、ナドがその下をまさぐっていた。


 何してんだろ。


「よし、これで……はい!」


 ナドがそう言うと、広間の外周の壁に付いていた灯りが所々光り始めた。ところどころまとも点いていないのが散見された。


「何をしたんですか?」


「あぁ、魔力燈を点けたんですよ。ソシテさんに、大概のダンジョンには入り口近くに魔力燈があるって聞いてましてね。ちょっと点けてみました」


 ほとんど点いていないが、真っ暗よりはマシだ。


「ふむ……一体どこに何があるんだか……」


 ソシテは一体何を知っているんだ? おそらくは何らかの手掛かり、希望を持ってここまで来たのだろうが……一体何があるんだ?


「あの、ソシテさん……一体ここに何があるんですか?」


 ソシテはこちらに振り向いた。しかし、すぐに黙ってしまう。


 まずいこと聞いたかな……。


「なぁお前、知ってるか。あぁ、記憶がないんだったな。確か」


 ソシテの眼差しが真剣になった。


「この世界は徐々に膨張しているという説がある。かなり有力だそうだ。大体、一年で三センチほどだとか」


 世界が膨張している? その言葉に僕は全くピンと来なかった。


「だがな、ある年…… 数百年前に一キロ世界が膨張したんだ。しかも、ある日いきなり、たった一日でだ。まぁ、確実な情報ってわけじゃないんだが……」


「はぁ……」


「なぁ、お前、急に世界が膨張し始めたら、そこに元々あった建物や街はどうなると思う」


「それは……」


 もちろん、そのまま傍聴に伴って上昇する。それだけだ。


「どんどん上がっていくんじゃないですか?」


「だろうな。今の膨張の仕方ならそうなる。だが、数百年前の世界はそうなっていない。今もなお、遥か一キロ下に世界は埋まったままなんだ」


「え?」


「俺たちが逃げるのはその旧世界。このダンジョンの更に下だ」


 世界の膨張、旧世界……どうにもこうにも僕の理解の範疇を超えた。


「じゃあ私はこっち探しますね。トコロデさんはその辺で遊んでいてください」


 トコロデの元気な返事が後ろから聞こえた。


「俺は宝物庫を探す。お前はナドと逆の方を探せ」


 そう言うと、ソシテは広間の奥の部屋へと向かっていった。


 どことなく、置いてけぼりを喰らっているような、理解が追いつかないままに放置されているような。


 そんな孤独感が、僕の心中にあった。


 とはいえ、そのまま突っ立っていても僕の価値が腐るだけなので、ナドを背を向ける形で何かわからない何かしらを僕は探し始めた。


 床板を剥がしたり、壁のレンガを押してみたり。いわば罠を探すような要領の手探りで。


 静寂が広間を支配した。こんな呑気で大丈夫なのだろうか。今もなお、無数の兵士が僕たちを追っているというのに。いくらここが最奥といっても、兵士たちが到達するのは時間の問題なんじゃないだろうか。


 僕たちはしばらくの間、広間を構成する朽ちたレンガをあてもなく探し続けた。緊張の糸が緩むのには、十分な時間だった。


「ねぇ〜何か聞こえない?」


 トコロデの気の抜けた声が沈黙を破いた。


「何も聞こえませんが」ナドが手を止めて返事する。


「いや聞こえるよ! なんかほら、ゴリゴリっ、ガガガー! って」


「なんですかそれ。削れてるみたいな音ですか?」


 そんな音は聞こえない。が、一概に気のせいだとは言えない。トコロデは弓を射る音を先に感知できる聴覚を有しているのだ。


 もしかしたら聞こえるかもしれない。僕はそう思って耳を広間の目の粗い壁に当てた。


「……聞こえる」


 やや間を置いたが僕にも感知できた。確かに、何かを削る音、具体的に言えば、岩石を掘削するような荒っぽくて力強い音だ。


「何か、来る」


 誰かがそう言った。音は広間中に響いている。次第に広間を揺らす程にまで音は増大している。


 次の瞬間、広間の天井が――――崩落した。


「はっはー! 着いた着いた!」


 天井を構成していた建材と共に、上から女のような人物が降ってきた。


 誰だ。いや、なんで上から?


 彼女の着地の振動がびりびりと肌を刺す。


「ん? おやおや、どうやらこのワタシ! が一番乗りではないか! これだから口だけの連中は困る!」


 彼女は僕らを追ってきている兵士と同じ甲冑を身に纏っている。しかし兜はなく、青みがかかった短髪がよく映えていた。


 だが、右手に携えた暴力をそのまま形にしたみたいな巨大な槌が、彼女の存在を凶悪に彩っていた。


「おやおやおやおやおやおや。皆さんお揃いで恐縮の至りだ! では、急いでいるのでな! 正義執行! させて貰うぞ!」


 彼女が槌を構える。


「中央の騎士団ってやつはまず何よりも名乗りを挙げるのが誇りじゃなかったか? ――――誰だお前」


 ソシテが宝物庫から出てきてそう言った。堂々とした佇まいである。それを聞いて彼女はソシテの方に体を向けた。


「あぁ! そうだったな! ワタシ! は中央王国騎士団第一隊副隊長、ソレユエだ!」


 声の大きい頭のおかしい女だと、僕は思った。


「……ソシテだ」


 ソシテが返事をした瞬間、ソレユエの姿勢が崩れた。一瞬状況理解に苦しんだが、ソレユエのすぐ背後にいるトコロデを見て察した。


 ソシテが意識を引き付けている間に、トコロデが瞬時に接近し、ソレユエの頭部をあのロッドで殴ったのだ。


 容赦のない。遠慮のない。躊躇のない。人を傷つける自分を受け入れている一撃だった。


「ふっ、ふははははっ!」


 だが、ソレユエは撃沈しなかった。むしろ、そのまま反撃へ転じ、姿勢を直す暇のないトコロデに凶悪な槌の一撃を――――


 叩き込んだ。


 床と槌にサンドされるトコロデ。骨と肉の歪む音が聞こえた。


「かっぁ……」臓器が萎むことで強制的に出る、そんな声だ。


「今のは中々いい一撃だった……! 素晴らしい才能じゃないか!」


 床全体にヒビが走るほどの一撃。人間ができる所業ではない。


「ふぅ……では! 次!」


 ソレユエがそう言った瞬間。


 床がなくなった。


 床にヒビが全体に行き渡り、形を保てなくなり崩落した。


 そうして僕らは、深淵へと沈んでいったのだった。




 ――――なんだ、これ。


 懐かしい。まるで母親の胎内にいるみたいな懐かしさ。


 暖かくて、心地いい。




「ん、く、はぁ、はぁ……」


 目を覚ますと、そこは先ほどのような古ぼけたダンジョンではなくなっていた。


 真っ先に手が触れたのは、優しい手触りのカーペット。その上に僕は寝っ転がっていた。


 僕以外の人間はいない。ひとりぼっちというわけだ。次に視線を上に向けたが、しっかりと天井が存在していた。


 確かダンジョンの広間の床が抜けて僕は落下していったはずだ。


 おかしい。


 とにかく、ソシテ達を探さなくては。僕は体の痛みを確かめて、立ち上がる。全然動ける。大丈夫だ。


 再度現状把握のため、目に映るものを整理する。壁には規則正しくドアが並んでおり、床にはカーペット。天井に付いているライトが廊下を照らす。そのどれもが高級感を纏っている。


「ここは……どこだ?」


 騎士団の兵士たちに連れてこられた……のだとすれば、僕は拘束されてしかるべきだし、何よりこんな美しい場所に連れてこられるはずもない。


 混乱の中、僕は慎重に廊下を進む。いくつかの曲がり角を過ぎ、新しい景色を探したが、どうもおかしい。


 どれだけ曲がっても、目に映る情報が変わらないのだ。明らかにいち建物としてのスケールを超える距離を歩いても、窓はおろか行き止まりすら現れなかった。


 この場所は、やはりおかしい。この廊下はどこまでも永遠に続いているんじゃないだろうか。


 その時、ふと足元にひやりとした感覚が走った。どうやら水たまりの類に足を突っ込んだらしい。だがしかしおかしい。そんな大きな水たまりがあればすぐに気づく。そこまで無我夢中になっていただろうか? そうしてすぐ足元を確認すると、そこには


 黒い液体が広がっていた。


 ドアの足にある少しの隙間。そこからどんどん広がっていくその液体に、僕は片足を突っ込んでしまっていたのだ。


 これの正体が何なのかは不明だ。だが、それでも、この液体に足を突っ込んだその瞬間、液体はまるで生き物のように――――


「がっ……」


 反応することはできなかった。触れることがトリガーとなったのか、液体は僕を瞬時に壁面に抑えつける。四肢を確保され、全くの身動きが取れない。


 液体は、すぐさま僕の全身を押さえつけた。顔面だけは何とか逃れたが、時間の問題だろう。


 打つ手は、もうない。


「うっ……くっ、あぁっ! ぐぁぁっ!」


 全身に渡る鮮痛。液体は液体だというのに僕の体に傷をつけたらしい。


 横腹、足、腕、肩、首、指、腕。


 びりびりと粗い痛みが刺さるように痛む。


 まるで噛まれているみたいだった。


「がぁぁっ!」


 どうしようもできない。詰みだ。僕はここで死ぬ。


 こんなところで。


 ハズレを引いた。


 間違えた。


 何もできない。


 終わりだ。


 液体は、口元までやってきていた。


 ……そういえば、そうだ。ピーに襲われた時、僕は同じような気持ちに陥ったはずだ。


 絶望したはずだ。終わりだと思ったはずだ。


 だけどあの時、咄嗟に右腕を出していた。その時、大爆発が起きて……


 なら、今回も同じようにすれば、切り抜けられるじゃないだろうか?


「みぎ、うで……どうやって、やるんだよ、あれ!」


 包帯が巻かれた僕の右腕は、以前のような爆発を見せてはくれない。できるはずなのに、何もおこらない。


 医者の手当を受けたからだろうか? そう考えると、あの医者の顔が憎たらしく思えてくる。


 もっとも、意識はぼやけてよく思い出せないが。


 数少ない大切な記憶なのに。


「くそ、くっそ、はぁ、ふん! くっそ!」


 その時、急に押さえつけられていた壁がなくなった。


 背後に倒れる僕と液体。おかげで液体の拘束が少し緩くなった。次の瞬間、液体は錆びたナイフによって取り押さえられる。


 見上げると、そこには人が立っていた。


「よぉ、元気そうだな」


 そこには、相変わらず無愛想な顔を浮かべた、ソシテが立っていた。

 最後まで読んでいただきありがとうございます!

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