#27 2日目ー等列な現実下
前回のあらすじ
デモが襲われ、殺人鬼の魔の手に焦り始めるハウ。最後の医師会デスガに会いに行く道中、自信をそのデスガだと名乗る女と出会う。
「ボクこそが医師会の十人の脳神経担当、デスガだよっ!」
「それはさっき聞きました」
デスガと名乗る少女は長い白髪と大きな白眼で、とても顔立ちが整っている。
「で、どうして僕があなたに会いたがっているとわかったんですか?」
「ふふん、それはもちろん、この頭脳で予測したのさ!」デスガは自分の頭を人差し指で二、三度小突くような真似をした。
「頭脳で予測した? 計算みたいな話ですか?」
要領を得ない言い方だな、と僕は思った。
「のんのん、そんなリアリティのある話じゃないよ。というのも、ボクは医者の傍ら、本業は占い師なのだ」
「占い師?」
「占い師、もとい占術士ともいうね」
ふむ、色々真偽の不明な怪しい術で未来を見通す、みたいな胡散臭い商売か。
「おいおい、なんだよその失礼な目線は。わかるんだからな? 君、占い師のこと適当であこぎな商売だと思っているだろ」
「違うんですか?」
「かーっ、これだからトーシロさんは困るよ。たいしてこっちの業界知識もないくせに物申しちゃってさぁ」
デスガは顔に手を当て、落胆したようなポーズを取る。
「じゃあここは一つ、君を占ってあげよう。しかも無料で! タダで! 無賃で! 超無賃で!」
やけに費用がかからないことを強調するな。
しかしまぁ、ちょうどお金は尽きているし、丁度いいか。
「じゃ、はいこれ」
「え?」
デスガは自分の懐から何かを取り出し、おもむろに僕の方へ放り投げてきた。
「うわ、わ、おっとと」
それは球体で、表面が滑らかであり、太陽の光に照らされて輝きを放つ水晶玉だった。その投げられた水晶玉をどうにか僕はキャッチする。
「さて、どれどれ?」
少し注目が水晶玉に行った隙に、デスガは僕の目の前まで接近していた。そして、僕が抱えている水晶玉を、デスガは目とくっつきそうなほど接近して中を覗き込んでいる。
「えと、これが占いなんですか?」
「うるさい。ちょっと黙ってて」
はい。
しばらく水晶玉に釘付けとなっていたデスガは、間の抜けた表情でその水晶玉から離れる。
そして厳かに、あるいは深刻そうに言う。
「君、誰?」
「……ハウエヴァーです」
「いやいやいやいや、違う違う。ボクが、聞きたいのは、そういう! ことじゃ! ないの!」
じゃどういうことだ。
「誰って言い方がまずいのかなぁ? どれ? って聞いた方がわかりやすい?」
「あの、まったく何言っているか意味不明なんですけど……」
僕がそう疑問を呈すると、デスガはすっかり意気消沈し、肩がすっかり沈み込んでしまった。
「はぁ……まぁなんでもいいよ。まったく、オヨビさんがご執心になるのもわかるわ」
オヨビが執心する理由……それは僕が何者なのかを知る重要な手がかりだ。それをデスガが知っている?
「あの、そのオヨビさんが僕に執着する理由って、なんなんですか?」
「ん? あー、はいはい。理由、理由ね。ごめんけど、それ、話せないんだ」
「それは、どうして?」
「多分もうダッタラとかシタちゃんとかから聞いてるんだと思うんだけど、オヨビさんって人を操れるの。そしてこれも多分ダッタラあたりから聞き及んでいるんだろうけど、その対象はボクたちなわけ」
デスガは僕の手から水晶玉を取り上げて、懐にしまう。
「ゆえに、オヨビさんの秘密をおいそれと語ることはボクにはできないのだよ。口約束ならぬ口拘束をしているので」
……まぁ、実のところそこまで期待はしていなかった。むしろこうして接触できているだけで儲け物と考えた方がいいのだろう。
「だったら、もう一つ聞きたいことがあるんですけど――――」
「殺人鬼のことだろう?」
「……どうしてわかったんですか?」
僕がそう聞くと、デスガはふんと鼻を鳴らして言った。
「何回言わせればいいのかな。それとも、何回も確認して、偉大さを噛み締めているのかな。ボクは占い師! 君の目的を予言することなど容易なのだよ!」
と、高笑いした。
本当に疲れる人だ。
「じゃあ、その殺人鬼について知っていることはないですか?」
「はいはい、結論を急くねぇ。せっかちさんかな。殺人鬼、巷を騒がせ、恐怖によって町民の枕を濡らす者の正体は……」
正体か……殺人鬼の正体を追い求めている僕ではあるけれど、しかし一つだけ懸念があるのだよな。
殺人鬼を見つけたとして、その凶行をどう止めるのかという問題。
あの暴力と殺意を練り固めたような狂人をどう止める? 武器である右腕も治療中で、元の身体能力だって普通の人より劣る僕が。
デスガは勿体ぶって、ありありと間をもたせて、慎重に口をひらく。
「ボクたちだ」
風が吹いた。建物と建物の間を通る風が、体を持っていこうとする。
「それは……その……一体どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。君の探している殺人鬼というのはズバリボクたちだ。もっとも、詳しく具体的な話はできないんだけど」
口が止められているのでね。と、笑いながらデスガは言った。
「だから君の医師会の十人をあたるというアプローチはひどく正しい。正攻法の正ルートだ。そのまま頑張って真実を特定してくれたまえ」
殺人鬼の正体が、医師会の三人? そのうちの誰かだというのか?
デスガの口から発せられた事実に、しかし僕はそこまで驚いてはいなかった。きっと、頭のどこかで予想していたことの一つだったからだろう。
身構えていた。可能性の一つとして存在していた。
というより、医師会の三人が殺人鬼でなければお手上げだ。都市の住民何千人から特定なんて非現実的すぎる。
「……ということは、あなたも殺人鬼である可能性がある、ということですよね」
「うん、もちろん。なんなら今君を殺しにかかるかもしれない」
僕は咄嗟に身構える。と言っても、姿勢だけで何か抵抗できるようなことはない。
「おいおい、そんな顔しないでよ! ほんとにするわけないじゃない! それに、まだボクが殺人鬼って判明したわけじゃないだろう?!」
「それは……まぁ、確かに」
「第一、ボクたちだってお互い誰が殺人鬼にされてるかなんてわかんないのに。操られている時は自我とかないの!」
どれだけ、信じればいいのだろう。
情報が濁流のように頭の中で渦巻いている。
殺人鬼は誰なんだ?
「さて、ま、こんなとこかな。じゃあボクは仕事に戻るとするかな。夕方になる前にやるべきことを済まさなければならぬのだよ」
「……ありがとう、ございました」
「あ、そうそう。君の探している少女は今や西の区画で彷徨っているよ。ハリボテと化したボクの医院の前でへこたれているかも」
ナラのこと、完全に忘れてた。
「……どうも」
そう言って、僕はその場を離れようとする。
「もう一つ言い忘れてた!」
別れ際が悪いな。
「なんですか?」
「君の占い結果について一つ」
そう言うと、突然神妙な面持ちになるデスガ。
「君は超常存在に浅からぬ縁がある。理外の化け物、常識はずれの空間、非現実的な現実。それらに直面しても、決して諦めてはいけないよ」
「はぁ……」
理外の化け物、常識はずれの空間、非現実的な現実……心当たりが、というよりは、心のつっかえがある、ような、ないような?
「以上。では、また会おうね。ハウエヴァー君」
そしてデスガは町の喧騒に溶けていった。
「さてと」
ナラを迎えに行くか。
**********
西の町は静かだった。療養所の近くはあんなに活気あふれて仕方なかったのに、ここは町民が皆寝静まったかのように静まり返っている。
ここにナラがいるとデスガは言ったが、しかし人間そのものがいそうに思えない。
それにしても、と思う。ただ殺人鬼を操って僕を追い詰めるという計画に、一体どういう意図が含まれているのだろう。
僕を追い詰めて、それで僕の何がわかる? 僕の何が見えるんだ?
オヨビは、そしてデスガもだが、どうも僕の知らない僕の事を隠されているような気がしてならない。
殺人鬼を見つけ出せば、それは判明するのか? そもそも、殺人鬼の正体に辿り着けるのか?
「ん? あれ?」
なんだこれ。何かを、引きずった跡のような?
石材タイルの上に削り取ったような細い線がずっと遠くまで続いている。
「ふむ……」
雨水用の水路だとか、デザインの一部だとか考えたが、計算され尽くしたこの都市の外観にしては似合っていない。誰がかが意図的につけたのだろう。
ついて行ってみよう。好奇心には素直に従えと、ソシテも言っていた事だし。
しばらく線を追っていると、線は裏路地に続いていった。
「裏路地にはいい思い出が無いな」
恐る恐る線を追いながら裏路地を進む。相変わらずの人気なさを訝しみながら、奥へ奥へと進んでいく。
どこまで続くのか少しだけワクワクし始めた頃、線が突然途切れ、無くなってしまった。
あれ? と思っていると、代わりにあったのは薄黒い、液体が落ちたような不規則の斑点模様。それは路地の奥へ奥へと続いていく。
これはなんだ? 若干乾燥しているのか、雫の一部が破片となって剥がれている。近づいて見てみると、それはどこか赤みを帯びているように見えた。
いや、違うな、これってもしかして――――
血? 血痕?
頭の中で嫌な予感が血潮と共に駆け巡る。
僕はいつの間にか駆け出していた。
刃物でつけられたであろう地面の傷、裏路地、血液……
そして何より、ここには……ここには!
ナラがいる!
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、裏路地の血痕を追っていく。血痕は次第に大きくなっていき、しまいには一本の細い線を作っていた。
「おい! ナラ! どこだ! どこにいる!」
呼びかけるも返事はない。相当遠くまで逃げたか……もしくは……
もう一つの可能性の方は、考えたくなかった。とにかく頭を空っぽにして、余計な考えを生み出そうとはせず、血の跡を追っていく。
「はぁ……はぁ……ここで、終わり?」
血の線は布を掛けられた荷台の下で途切れていた。
ナラが、あるいはナラじゃなくっても、血痕の主はここにいる。
生きているのか、それとも全く異なる状態で存在しているのか、布を引くまではわからない。
確かめる勇気、直面する覚悟。
唾をひとしきり飲んで、僕は荷台に被せられた布を思い切り引き剥がした。
「ひっ……!」
「……ナラ!」
そこにいたのはナラだった。
左肩、右太腿、そして手のひらから出血しているのがすぐにわかる。
「ナラ、何があった? どうしてこんなことに?」
「ハ、ハウさん! 逃げてください! これは、これは――――」
パニック状態でうまく言葉が紡げていないナラ。しかし彼女はそれでも全身全霊を懸けて捻り出す。
「これは、罠です!」
がしゃん。
頭上から、鈍い金属の音がした。
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