#28 2日目ー低劣な現実下
前回のあらすじ
デスガに言われ、西の町へやってきたハウ。そこで謎の線を見つけ、追っていくが、そこで傷ついたナラと殺人鬼の鎧に出会うことになってしまった。
そこに上から降ってきたのは、殺気と狂気、生物らしい理性をおよそ失った全身錆だらけの鎧だった。右手には槍が握られている。
……って、槍? 槍だと? 大剣ではなく?
鎧は僕の背後に降り立った。すぐに振り向き鎧と対峙する。
「ナラ、歩けは……しないよな」
ナラの右太腿からは赤い血が流れている。荷台まで逃げ込めたのは奇跡だろう。
「危ないっ!」
背後からナラの声。鎧が槍を構えてこちらに突進して来るようだ。
どうする? 避けるか? いや、後ろのナラが危ない。だとすれば、手段は一つ!
僕は槍を構えて突撃してくる鎧の正面に構え、尖った槍に石膏で固められた右腕を振り当てた。
「――――っくぅぅぅ!」
意外と耐えるんじゃないかと目算していたが、振動が傷に響いて超痛い!
槍は本来通るはずの軌道から外れ、僕の左脇腹をかすった。
右腕の石膏を包んでいた包帯が途中で切れ、垂れ下がる。
鎧は体勢を整え、再度こちらを向く。殺意が落ちつくことはなさそうだ。
次に鎧は、槍を振りかぶって薙ぐように攻撃してきた。錆びた槍先が建物の壁に当たって軌道をなぞるように傷をつける。しかしなおも勢いは失うことはなく、僕を襲う。
「ひっ」
後ろでナラから溢れた恐怖の声が聞こえる。そして僕に向けられた槍。これは確かに恐ろしいものだが、しかし……
少しの疑問を抱きながら、僕は身を翻して槍を避ける。それからも次々と攻撃が繰り出されるが、それらも全て容易に回避する。
「ハ、ハウさん?」
なんだ? どうしてだ? いとも簡単に避けられる。攻撃の軌道がよくわかる。当てる気がない、は言い過ぎだとしても、人を傷つけ命を奪わんとする人間の実力とは思えない。
もっと簡単に言うなら、動きが素人臭すぎる。
日頃からトコロデと戦いの修行、もといストレス発散に付き合わされている僕だが、しかしその実力は一般人程度だ。そんな僕でも簡単に避けられる。
操られている、というのだから、動きがぎこちなく稚拙なのは当然なのかもしれないが。
「来い!」
鎧と距離をとって、自分の方に鎧をおびき寄せる。そうしてナラと離れさせ、その隙にナラには逃げてもらう。
たとえ逃げられなくっても、この場から離れられさえすれば、この鎧はどうとでもできる!
そう思ったのだが……
「な……!」
鎧は僕の方を向かず、ナラの方向へ向き直った。
なんで……いや、そうか……殺人鬼の目的はあくまで僕を追い詰めること。そうして精神性を計るとオヨビは最初から言っていた。
ここで僕を執拗に追うことよりも、無関係で善良な人間が、僕のせいで死ぬ。そっちの方が僕を追い詰められる……
「ナラ!」
僕は駆け出し、鎧に飛び掛かる――――が、僕が進む方向とは真逆に突き飛ばされていた。
「がっ……」
多分、槍の石突に当たる部分で、僕に背を向けたまま腹を突いたのだ。
しかも、油断していた上に、技術の割に力だけはやけに強い。体の芯から響いて立ち上がれない。
視界が歪む、思考も霞んでいく。
「ナ……ラ」
それでも、鎧が徐々にナラの方へ近づいていくことだけは鮮明に理解できる。
また、僕のせいで誰かが傷つくのか?
デモのように?
今までこの殺人鬼に殺された、無関係で善良な人間たちのように?
僕の、せいで……
「これだけは使いたくないんですが……」
立ちあがろうと試みても、足に力が入らない。しかし、ナラが何かを地面に書いているのはわかる。
ナラは何をしようとしているのだろう……一体、何を……
「ごめんなさい!」
ナラはそう言うと、地面に描かれた何かを発光させた。あれは……魔法陣?
あの歳の、しかも魔法を専門としない少女が、鎧の殺人鬼をどうにか対処できる魔法など使えるとは思えない。だとすれば、どんな魔法を使ったんだ?
誰かに助けを求めるような……信号魔法?
「……あぶ……ない」
鎧は槍を掲げている。そのまま振り下ろせば、ナラの首は簡単に落ちるだろう。
今度はデモのようにはいかない。殺される。
ナラ――――
予測不可能な、一瞬のことだった。
”何か”が、”どこかから”飛んできて、鎧に直撃したのだ。
瞬時に爆発音と共に、砂埃が舞い、砂利が顔に当たる。
一体何が? 雷でも落ちたのか?
「毎度毎度のことながら、姉のピンチにすぐさま駆けつけ、不死身の心と無限の力で悪を討つ! 屋号三姉妹が一人、始末屋デアレバ! 参上!」
そこいたのは、全身包帯でかつ、ナラやデモと同様の制服を着飾った……おそらくは少女だった。
くぐもったような声の感じに違和感を覚えるが、しかしそれはきっと包帯によるものだろう。
「ごめんなさい、お仕事の途中でしたよね。また邪魔しちゃって……」
「なんのなんの! 末の妹として、上の姉を助けると言うのは当然だよ!」
ま、金貨三枚分の仕事はご破算になっちゃったけどね! と、おそらくは笑って包帯少女は言うのだった。
それにしても、あの子、前は見えているのだろうか? 目も口も鼻も包帯で塞いでいるけれど、くるしくないのか?
「で、だよ。この私はどいつを始末すればいいのかな?」
鎧の殺人鬼は、頭にあの包帯少女が直撃したからなのか、ふらつきながら距離を取っている。見ると、兜がかなりへこんでいた。
「その鎧の人です! 奥のへばっている男の人は味方ですので、くれぐれも丁重に!」
「りょーっかっい!」
と、包帯少女は言った。鎧も意識をすっかり取り戻したようで、槍を握りしめて包帯少女と対面している。
「ところでナラちゃん。ナラちゃんともあろうものが、どうしてそんな傷を貰うことになっちゃってるのかな? 身軽さだけなら姉妹の中でも――――」
「危ない!」
なぜかいきなり鎧に背を向ける包帯少女。その時すでに鎧は槍を構え振りかぶっており、その刃は包帯少女の首筋に向いていた。
止めることはできない。ようやく僕が立ち上がった時、包帯少女の首は……
「な……そんな……」
細い首から跳ねるように頭が宙を舞う。
包帯少女の体と頭が完全に切り離されてしまった。
石材で作られたタイルを砕きながら、包帯少女の頭は着地した。残った勢いで転んでいく様子を、僕はただ見ているだけだった。
「嘘……だ……そんな」
これは、誰のせいだ?
殺人鬼が悪いのか?
それとも、オヨビが悪いのか?
――――違う。僕だ。僕が悪いんだ。
僕のせいで、関係のない他人が傷つく。
僕が弱いせいで、僕なんかのせいで……
「くっ……くそっ……くそぉぉぉぉっ!」
気がつくと、僕は激昂していた。何も考えずに、殺人鬼へ突進していく。
「はやらないでください! ここは、デアレバに任せてください、ハウさん!」
「……何言ってんだよ。その子は、もう、死んだんだ!」
「死んだ? 死んだって誰が?」
……え?
包帯少女の頭。そこから声が聞こえてくる。
「あれ? もしかしてナラちゃん、私のこと言ってないの? あぁ、まあふっつー言わないか。だって私でも初めて聞いたら驚くもん。喋る死体なんてさ」
喋る……死体?
「ハウさん。私の妹、デアレバは『アンデット』なんです」
「正確にはスケルトン。呪いだか魔法だかで骨だけの死体になっちゃった! それが私、デアレバなのだ!」
包帯少女の頭がそう言いながら自転し、体の方へと近づいていく。そして次第に体と頭が合体し、元の姿へと戻ったのだった。
「故に! 私は幾度首を刎ねようと、心臓を潰そうと、粉々に擦り潰そうとも、死ぬことは無いのだ!」
鎧はそんな珍妙な光景を前にして、一切動揺していない。相変わらず敵意を向け続けているだけだ。
「私に対峙した時点で、鎧くんよ、お前は負けが決まっているのだよ。大人しくすごすご退散するがいい!」
しかし、その文句も全く耳に入っていないのか、先ほど同様無抵抗のデアレバに槍を向ける。そして特に何もせず切られるデアレバ。
だが、嘲笑うように何度も元の姿に戻る。そしてようやく理解した。この子は血も涙も流れない動く死体なのだと。
「そこの男の人! 私がこの鎧くんの相手をするから、ナラをどこか安全な場所に連れて行って!」
男の人……僕のことか!
「……あぁ、まかせてくれ!」
僕は鎧がデアレバに執着している隙を伺って、ナラの元へ駆け寄る。そしてそのまま背負って、鎧とデアレバに背を向けて走り出した。
その際、一度デアレバの方を一瞥する。デアレバは、瞬時に体を十六等分されていた。
**************
とにかく全力で走って、デモがいる療養所へナラを預けた後、僕は都市の外周を囲っている城壁の上にいた。
色々考えをまとめておきたかった。ゆっくり殺人鬼について考える時間が必要だった。
傷の手当てをした後、落ち着いたナラから聞いた話では、なんでも西の町に入って少ししてすぐ鎧に襲われたのだという。詳しい時刻はわからないが、僕とデスガが話していた時には既に襲われていたのは確かだ。
だとすれば、デスガは犯人ではなくなる。もとからダッタラは犯人ではないことを踏まえると、殺人鬼の正体はシタ?
……だが、しかし、だ。結論が出てるはずなのに、どうしてか間違っているような不安を覚えて仕方がない。何か僕の知らない、未だ気づいていない重要な点があるような気がしてままならない。
「一体何が足りていないんだ?」
夕日を体に浴びながら、そして城壁の上を流れる風を感じながら、僕は思考を巡らせる。行き詰まった推理が、にっちもさっちも行かなくなって、頭が痛くなってきた。
「おい、そこのお前」
誰かから話しかけられた。顔を上げると、そこには兜を脱いだ鎧の男が立っていた。髪は波がかかった黒髪で、瞼が重い。そんな男だ。
ん? この鎧、どこかで見たような……?
量産型かな。
「はい?」
「太陽は好きか?」
「まぁ、人並みに……」
おかしなことを聞く人だ。
「そうかよ。僕様は嫌いだがな。じゃ、もう一つ聞くがお前は自分の名前が好きか?」
「名前? まぁ、それなりに」
「ふん、そうか。僕様は大っ嫌いだがな」
嫌いなものが多い人だ。
「じゃあ、何か好きなものはないんですか? 嫌い嫌いってずっと言ってたら、世の中生きづらいでしょう」
「好きなもの、ね。自分の好みで物の是非を決めようなんざ、随分傲慢だな。大体、元から全てのものに価値なんか無いのにな」
男は一拍置いて続ける。
「どれだけ自分が想っていたって、どれだけ物体に重きを置いたって、無くなるもんは無くなるし、向こうが同じように想ってくれることは無い」
好きとか嫌いとか、偉そうに言うな。と、男は言った。
何を言っているのかわからなかったが、男はその意見を随分思い入れを込めて語っている……ように見えた。
「ま、なんでもいい。どうせ最後に勝つのは僕様だ」
「……そうですか。人生楽しそうですね」
男は鼻で笑った。
「ところで一つ聞きたいことがあるんですが、今世間を騒がせている殺人鬼について、何か知りませんか?」
思えば、この質問のせいで僕は殺人鬼に追われるようになったみたいなものだな。
いや、関係ないか。どうせオヨビに狙われている時点でいずれこうなる運命だったんだ。誰かのせいにするのはやめよう。
……運命か。
「殺人鬼……? 知ってるぜ。知ってるさ」
「と、言いますと」
「錆びた鎧の殺人鬼だろう。僕様に言わせりゃ至ってくだらないが、その鎧の隙間から赤黒い光りを放っている奴がいたな」
あれは多分魔力紋章だろうな。と、男は言った。
……魔力紋章? 魔力紋章だと? それが鎧の隙間から見えたって?
じゃあ、ということは、だとすれば、それならば……!
「――――い。おい! 何ぼーっとしてんの? 僕様の話ちゃんと聞いてた?」
「あ! えと、はい! ……ありがとうございます」
「ふん、まぁなんでもいいけどさ」
「あの、ありがとうございました!」
「礼なんか言う必要ない。どうせすぐに後悔することになるんだからさ」
「え?」
「それよりさぁ、早くどっか行ってくれない? 僕様には時間がないんだよ!」
「あ、はい! ありがとうございました!」
僕はそう言って、男の元を離れる。
心臓は跳ねていた。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?
犯人は、殺人鬼の正体は、考えるまでもなくあまりに単純極まりないじゃないか!
僕はそうして、ナラとデモの待つ療養所へと走るのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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