#26 2日目ー熾烈な現実下
前回のあらすじ
医師会のダッタラに話を聞くハウ。そこでオヨビの人間操作の条件と、その条件を満たした人物について知る。思考をめぐらしていると、デモが殺人鬼に襲われたことを知る。
椅子に座ったまま眠っていた僕は目を覚ました。目前には包帯を全身に巻かれて眠っているデモがいる。
昨日の昼、デモは襲われたらしい。身体中に傷を付けられ、一時は失血死すら危ぶまれていたほどだった。しかし今は治療の結果安定しているらしい。
詳しい時間はわからないが、おそらくは僕が襲われた時刻と近いだろう。だが、そうなるとおかしいのだ。僕が襲われたタイミングでデモも襲われたというのは、時系列の辻褄が合わない。もちろん、僕が襲われた現場とデモが襲われた場所は全く違う。少なくとも、一、二分で往復できる距離ではない。
そして、デモに付けられた傷。全身に渡って格子状の、もっと具体的に言えば、バツ印をつなげた形の傷が付けられていたのだ。
それは至って丁寧に、顔面にまで及んでおり、デモの左目にもその傷の延長線が届いていた。治ってまた目が見えるようになるかどうかはわからないらしい。
これは、十中八九僕の責任だろう。巻き込んでしまったのだ。いたいけな少女を、知り合いの妹を。
僕が不用意に関わったから。僕の不注意で、オヨビに見つかったから。
「ごめん」
僕は立ち上がって、デモに謝った。
「謝る必要はありませんよ。ハウさん」
病室の入り口から声がした。そこには制服を着たナラが立っている。
「僕に謝る必要がないって? どうしてそう言えるんだい。デモは僕が傷つけたようなものだ」
殺人鬼を使って君を追い詰める。オヨビはそういった。おそらく、これはその”追い詰める”の一環なのだろう。
「いえ、デモは情報屋です。身の危険が迫ることは承知の上で裏の世界に触れ続けてきたんです。だから、今回のことを気負う必要はありませんよ」
そう……とだけ僕は言った。ナラはそう言ってくれたが、しかしどうにも僕は納得ができなかった。
自分が許せなかった。背負うことをしなくていいと言ってくれたナラの言葉に身を預けることができなかった。
「ところで、殺人鬼の情報収集はどうでした?」
「あぁ、そうだね。殺人鬼の見た目はわかったよ」
そこで僕はオヨビのことを伏せて、そして医師会の十人が関わっていそうだということも同様に話さず、表面的な情報だけを話すことにした。
「殺人鬼は全身鎧で大剣を使っているらしいんだ。それで、指名手配犯の一人だとか……」
……あれ? そんな人間知り合いにいたような。
まぁいいか。
「え? 大剣ですか?」
「ん、どうかした?」
「……いえ、なんでもないです。ところで私の方は、現場の状況、遺体の状態などがわかりました」
私の懸命な聞き込みによって! とナラは声高々に言った。
この子、妹が襲われたのに一切へこたれないなぁ。いや、むしろ躍起になっているのかもしれない。
「だったら一つ、話を聞きたい人がいてね。それで――――」
言葉を言い切るより前に、ナラの眼光が鋭く輝いた。
「ほう、でしたら、私もついていきましょう!」
「え?」
「実のところ、もうめぼしい情報筋が無くなってきましてね。ハウさんがそういうのであれば、私ももちろんついていきます」
「いや、そんな、悪いよ」
悪いよってなんだ。悪いことは何もないじゃないか。
「大丈夫です。必ずハウさんの期待以上の活躍を見せますから!」
「それは……その……」
言葉に詰まる。ついさっき医師会について隠匿したばかりだというのに、一緒に同席して話などできるわけがないだろう。
僕だけならまだしも、ナラが襲われたとなったら、そして万が一、殺されでもしたら、僕は……
僕は自分を殺してしまうかもしれないじゃないか。
「まぁ、じゃあ、行こう」
「ええ!」
ナラは元気一杯にそう言った。
**********
町に出ると、相変わらずの活気が渦巻いていた。出店の店主は声を張り上げ、呼び込みをし、その客層や町民もいつも通りの日常だ。
「ところで、その情報を持っているお方はどこにいらっしゃるんですか?」
そして、僕の隣にはナラ。
さて、どう撒く?
「おやおや? 人だかりですよ。ちょっと見に行ってみますね」
ナラが見ているのは潰れた廃墟だった。そこに人が群がっており、大きな帽子を被った女性が座り込んでいる。
まっすぐナラが駆けていったので、僕はその後を追う。近づいてみると、どうやら今廃墟はお店だったらしい。商品と思わしき値札のついた諸々が散乱している。
「魔道具店ですね。この都市じゃ割と有名なお店ですよ」
「ふーん」
「すいません、ちょっと通してください!」
人混みをかき分けて、ナラはどんどん奥に進んでいく。
「あの、どうしたんですか? これ」
僕も後をついていき、ナラの後ろに立つ。
「あぁ……強盗なんだぁね。ひどいんだぁね……」
話を詳しく聞くと、どうやら早朝、店に来る前に誰かが荒らしていったらしい。その荒らし方というのも独特で、分別をつけず剣を振り回すかのように店のものを散らかしたのだとか。
その証拠に、店の壁には斬り跡がくっきりといくつも残っている。
斬り跡……まるで大剣を振り回したような、そんな跡。
「ふむふむふむふむ……なるほど、ありがとうございました!」
新聞屋の性というものだろう。あらかた話を聞いた後、僕たちは現場を離れた。
「殺人事件が起こる最中、強盗事件ですか……どうしてこうも連続して物騒なことが起こるんですかね?」
「そんなに治安が良い都市じゃないの? ここって」
「いえ……そんなことはないんですが。『住みたい所ランキング』の第十六位に輝いたこともあるんですよ?」
「へぇ」
十六位、すごいのか? それ。
「では気を取り直して、ハウさんの言う情報筋とは一体どのような方なんですか?」
うーん……しかし殺人鬼の正体は一体誰なんだ?
医師会の十人出張組である三人の医者が、今のところ最有力候補だ。
しかし、ダッタラは違うのはわかる。僕が襲われている目前で昼食をとっていた。
だとすれば、シタかデスガということになるのだが……
脳神経専門の医者、デスガ。最後の一人から話を聞くまでは判断しようがないな。
「あの、聞いてますか?」
「あ? あぁ、ごめんごめん。えっと、情報筋が誰かだっけ? えっと、それだったら脳神経専門の――――」
あ。
言っちゃった。
「脳神経専門? 医者ですか?」
「あ、いや、医者じゃなくて、脳神経専門ではなくて」
「ということは、デスガさんですか!? 現在中央王国から出張しているという医師会の十人のうちの一人である!?」
おいおい。一を聞いて百を知るとはこのことかい。
さて、どうする。
「まぁ、うん。でも、会うのは難しいって聞き及んでいるから、ゆえに、分かれて捜すのが賢明だとこの僕は思うんだけど」
よし、これなら自然に一人になれる。
「いえ、その必要はありません! なぜなら私、デスガさんの居場所については心当たりがあるので!」
では、ついて来てください! 置いてかれても知りませんよ! と言ってナラは走り出してしまった。
少女にしてはかなり早い速度で駆けていくナラ。って、追いかけないと。
「デスガに会えるっていうのは、まぁいいけど、でも、会わせていいのか?」
デモのことを思い出す。彼女はオヨビが事件の真犯人であることを知ったから襲われてしまったんじゃないだろうか?
医師会の十人はきっと、今回の殺人鬼事件に大きく関与しているはずだ。その彼らにナラを会わせていいのだろうか?
この事件に、そしてナラに、僕はこれ以上関わり続けていいのだろうか?
そう葛藤せずにはいられなかった。
「速すぎるだろ……ナラ……」
もう背中が遥か遠い。右手が包帯で巻かれているせいで腕が振りづらいのもあるが、それ抜きでもナラが速すぎる。
いくつか短い路地を通って、出店通りに出る。
「ハウさん? 何やってるんですか?」
「あ、ナド」
急に話しかけて来たのはナドだった。退院して今は自由の身のナドが、どうしてここに? あぁいや、別にそこまで不思議な話ではないのか。ただの散歩でばったり出会ったというだけだろう。
まさか、僕同様ハプニングに見舞われている、なんてことはないよな。
「どうして外に出ているんですか? まさか、抜け出してきたとか?」
「いや、まぁ……そうだね。うん、ちょっと退屈すぎて」
殺人鬼調査について色々相談しようかな……そんな思いもよぎりはしたが、デモと同じような目には遭って欲しくはない。詳細は伏せるべきだろう。
「でしたら私から何も構うところはありませんね。そういえば、もう一人誰かいたような気がしたんですけど、新しいお友達でもできましたか?」
「あぁ、そうそう。えっと、あれ、どこ行ったんだ?」
ナラの背中が見えない。まずい、はぐれた。
「見失ったんですか?」
この場合見失ってしまうのは非常によろしくない。僕がいるならまだしも、一人で殺人鬼の核心に触れるなど、どう考えても危険だ!
えっと、えっと、どこ行ったんだ? くそ、詳しい場所をあらかじめ聞いておくんだった。何先んじて突っ走ってるんだ。あいつ。
「情報屋のナラって子なんだけど、なんか殺人鬼を追っているらしいんだ。僕は、まぁ、それに付き合っているというか、なんというか」
焦りのこもった口調で僕は言う。あ、情報屋はナラじゃない!
もっとも、訂正する気はないが。
「殺人鬼を追っている? それはのっぴきならない文言ですねぇ。大丈夫なんですか?」
大丈夫な状況はすでに終焉した。
「じゃ、僕彼女に付き合わないと。あ、治療所の人には黙っててね。あの人怖いから」
「もちろん。私が固いのは体だけではありませんので」
約束してくれたナドを背にして、僕はナラが向かったであろう方向に駆ける。多分こっちだよな……
少し裏路地を通ると、三本に分かれた道が現れた。うわ、どれだ。どっちに行ったんだ?
そこで逡巡していると、そばに人が立っているのがわかった。ローブで体を隠している人物だ。あの人にナラの行き先を聞こう。
「あの、すいません。少女が走っていきませんでした? 綺麗な制服を着てる、これくらいの少女なんですが」
「ぷっ……何? お兄さん少女趣味の犯罪者? 可愛い子追い回して何が楽しいのかな?」
なんだこの人。すごい失礼だ。
あぁ、いや、聞き方が悪かったのかな。たしかに少女を追い回している大の男など、怪しさ満点だ。この人の警戒も当然だろう。
「いや、僕彼女の新聞社のパートナーというか、まぁ協力者というか。置いてかれちゃって。どっちに行きました?」
僕がそう言うと、ローブの人は自分を指さした。
何してるんだろう?
「えっと……」
「君が探しているのは、そんな可愛らしい女の子じゃなくて、ボクだろう?」
「は?」ローブの人は、ローブについていたフードを外し、素顔を晒す。
「ボクは医師会の十人の一人、脳神経専門の医者、デスガだよ。どう? 当たってるかな?」
フードを外した、白髪白眼の女が、そう言った。
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