#25 1日目ー苛烈な現実下
前回のあらすじ
殺人鬼調査を進めるハウ。医師会の十人に話を聞こうとするが、二人目に差し掛かって鎧の殺人鬼に襲われてしまった。
あぁ、これは夢だなぁ。と感じたのは、日々存在感を示し続けている右腕の痛みがすんと消えていることに気づいたときだ。
僕は黒い砂漠の上にいた。ほんのりガラスも混じっているので砂だとすぐに判別できた。
「どうして夢を見るのか。って考えたことある?」
背後から話しかけられた。すぐさま振り返ると、そこには人相のはっきりしない、おそらくは男が、ぱっと見百はありそうな人形の山の頂上に座っていた。普通の人間を模した人形だ。ところどころパーツが無いのが、この場所の異質さを際立たせていた。
「誰?」
「誰……ね。なかなか面白いことを言う。面白いという感想がそぐわないのであれば、愚問だねと言い換えておこう」
……? どう言う意味?
「君は夢に意味とか期待しちゃうタイプ? だとしたら随分なロマンチストだ。だけど残念ながら、この夢に意味はない。あるとしたら……そうだね、原因くらいなものだ」
「何を言っているのか、さっぱりわからないんだけど」
「そう。まぁそりゃそうだろうね」
なんせ君には記憶がない。と、男はわざとらしく、記憶、の部分を誇張して言った。
「ゆえに誰? という質問が出てくるのは当然だ。だけれど、当然でありながら、君という事情を持つ存在に対しては決して擁護できない」
この男は誰なのだろう。そして、どうしてこんなことを僕は言われているのだろう。
夢には知っていることしか現れないという。だとすれば、僕はこの男を知っている?
「ねぇ、僕は一体誰なんだ? 君、何か知ってる?」
「……いいけど、その前に、ぼくの質問に答えてもらおうか」
「質問?」
『どうして夢を見るのか』。
「……うっ」
強烈な刺激臭が鼻腔を刺して目を覚ました。
そこは砂漠の上……ではなく、ベッドの上だった。
またか。
「よぉ。起きたな」
そこにいたのは、 新品のキッチリした白衣に身を包んだ、白髪のまじったオールバックの男。片手にハンカチ、のような布を折り畳んだものを持っている。
「あんまり起きないもんだから、気付けを使ったんだが、どうだぁ」
「気付け?」
「俺の小便を再利用したんだが」
「ふざけんな!」
冗談だぁ。と言って誤魔化す男。
「冗談じゃない方の話は、お前についてだ。まず、左肩、治してやった」
そう言われて思い出す。鎧だ。川の底から現れたかのように錆びきった鎧。それが裏路地に入った瞬間突然現れ、僕の左肩を切りつけたのだ。
血がどくどくと流れていたその部分を触ると、新鮮な痛みが……来なかった。
嘘みたいに痛くない。薬、の効果とかだろうか?
「えっと、これは一体?」
「言っただろぉ。治したんだよ。完治というやつだぁ」
白衣の男はベッドの脇に備えられた丸椅子に座った。
「右腕はどうもおかしな施術がされてあったんで、何も触っていない。お前の事情というものがあるんだろうと、気を利かせて、勘を働かせて、親切心を以てして、何もしていない」
「はぁ……」
「で、だぁ。もう一つ冗談じゃない話がある。それももちろんお前についてなんだが、お前ぇ、指名手配犯だろ」
またバレた!
「何をそんな驚いた顔をしているぅ? お前はこの国、いや世界中で大々的に指名されて手配されている犯罪者だろう。ここまで捕まらずにいたのが奇跡みたいなもんだ。そのあたりは素直に感心だよ」
「あの、あなたは?」話を誤魔化すように、僕は男に名前を聞いた。
「俺はぁ、ダッタラという。外傷専門の医者だよ」
ダッタラ。その名前を、僕はしっかり覚えていた。
そう、医師会の十人。外傷専門のダッタラだ。
「あの、実は僕、ダッタラさんに聞きたいことがあって……」
「ほぉ。俺も話がないでもないが、何だぁ?」
それから、僕はオヨビのこと、殺人鬼のことについて、シタにした質問をそっくりそのまま聞いた。
「ふむぅ……殺人鬼、かぁ。随分物騒な話だな。だが、しかし俺から話せることは特にないな」
「そうですか」
まぁ、そうだろう。そこまで大層な期待をしてはいない。
「しかし殺人鬼、か。なぁ、犯罪者、殺人鬼って、どういう意味だぁ?」
それはおかしな質問だった。普通は殺人鬼がどんな奴のことを言うのか、とかだろう。しかし意味を問うとは。
「殺人鬼っていうのは、うーん、意味となると中々難しいですね」
人を殺す鬼? 鬼を殺す人?
鬼について特にピンときていない僕が、どれだけ考えても答えを出せなそうな問いだ。
言葉というのがいかにあやふやかというのがよくわかった。
「まぁ、意味というなら比肩できない人殺しということでしょう。人を殺す鬼ですよ」
「……そうか。そりゃ恐ろしいなぁ」
まぁ俺なんかは。と言ってダッタラは続ける。
「殺人鬼ってのは、鬼のように殺す、人のことだろうと思うがな。人を殺す鬼という言い方は、どこか鬼に業を背負わせようとする傲慢さが滲み出ているようで好かんが」
鬼のように殺す、人?
生々しい言い方だ。
もっとも、再三言うようだが鬼をよく知らない僕には特にわからない話だ。
「ところで、人殺しをお前は糾弾するためにぃ……かどうかは知らんが、少なくとも殺しにまつわる事象のために、お前は殺人鬼を探そうとしているのだろう? だったら一つ聞きたいんだが、人を殺すのは悪かぁ?」
その質問は、今日の朝、ナラに同じものをされた。その時は返答をうやむやにして、というか別の話に切り替えて、何も言わなかったのだけれど、しかし再度同じ質問が現れた。
人を殺すのは悪か? はい、または、いいえでお答えください。
「悪、でしょう。いや、やっぱり場合による……とか」
はっきり判然としない言い方だ。
「場合による、な。たしかにお前の言っていることに間違いはない」
一拍置いて、続ける。
「一人殺しただけで斬首される奴もいる一方、百人殺して崇め奉られる奴もいる。一千人食って恐れられる化け物もいるが」
化け物?
「だが、そんなのはまやかしだ。殺しは悪だ。例外無くなぁ。人を殺して正義を得ることができたんだとしたら、そんな横暴を認めた社会が悪だ。悪だけで構成された世界は、内側から見れば平和的で正義に溢れているように見えるもんだ」
そう語るダッタラの目は、冷たく輝いていた。
氷とも、水とも取れぬその光は、一体何を照らしているのだろう。
「悪いなぁ。らしくもなく持論を語ってしまったな」
「いえ、何とも思ってないですよ」
待て、この場合は感心しました、とか、そんなものの見方があるんですね、とか世辞を言うべきだったか?
「そういえば、お前の質問についてだが、オヨビの奴の人間操作のことだったら、一つある」
人間操作? あぁ、人を操ることができる、というシタの証言についてか。
「あれは、誰でもかんでもできるというわけではないらしいなぁ。少なくとも、いくつか条件があるとかないとか」
条件?
僕の予想、一つの仮説として、その人間を操るといういかがわしい術によって、殺人鬼を使っているのではないか。というものがある。まぁ、これ以外に考えようがないほど当然の思考なのだけれど。
しかし条件があるのだとすれば、誰が操られているのかが絞りやすくなる。殺人鬼を見つけ出すという目的に大きく寄与するのは間違いない。
「一つ。その人間の弱みを三つ握らなければならない」ダッタラは右手の親指を立てる。
「二つ。その人間の内心に触るような言葉を知っておかなければならない」次に、人差し指を立てる。親指と人差し指で、直角を作り出している。
「三つ。その人間の命の恩人、またはそれに類する人間でなくてはならない」最後に中指を立てた。
なるほど……人を操る条件としては、とてもそれっぽいものが揃っている。
「そうですか……それにしても、よくそんなこと知ってましたね」
知っていた上で、よくこの都市までついてきたな。
「……そういえば、これを話したら殺されるんだった」
えぇ……うっかり話すにしても、この状況で、そんなドジを踏むか?
「聞いた奴も殺さなくてはならないと、ぼやいていたなぁ」
おいおい。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。人の生き死になんぞ、俺にとっては日常だぁ。その対象が俺になったところでそれは変わらない。」
「そうですか。ならいいですけど。じゃあ、その三つの条件を満たしそうな人には、何か心当たりとかはありますか?」
正直この質問には期待していなかった。
「あるぞ」
「そうですよね……え?」
「俺たち、医師会の十人出張組三人だ」
**********
「じゃあな。治療費は、まぁ、なんだ。オヨビの秘密の口止め料ということで」
「どうも、ありがとうございました」
日はすでに傾いていた。太陽が半分だけ顔を覗かせている。
「ところで、俺はおそらく二人目なんだと思うが、しかし最後の一人に会おうとするのは、今日はもうやめたほうがいいだろうなぁ」
「それは、なぜですか?」
「あいつ、夕方から忽然と姿を消すんだよ。朝か昼だったらまだ会えないことはないんだが、夕方から夜にかけては絶対に会えない。どんなに手を尽くしても無駄だぁ」
「はぁ。とにかく、ありがとうございました」
そう言って、僕はダッタラの診療所を後にした。ダッタラは僕が背を向けた瞬間そそくさと診療所の中に入って行ってしまった。
さて、どうしたものか……色々情報も出揃ったみたいだが……
今日はもう、ダッタラの言うことを素直に聞いて、最後の一人に会おうとせず帰還するのがいいだろうな。結構疲れたし。
オヨビは人を操る。おそらくはその手法を用いて殺人鬼を作り上げているのだろうが、しかしその条件に見合うのが僕が手掛かりとしている医師会の十人三人とも、か。
容疑者、でいいんだよな。少なくとも最有力候補だ。
だとすれば、誰が? 三分の一で決め打ってもいいが、あぁいや、ダッタラは違うのか。彼は僕が襲われた時に僕を助けた人物である。しかも鎧の殺人鬼と同じ場所に存在していたのだから、犯人と疑う理由はない。
だとすれば、シタともう一人ということになるが……
「ハウさぁぁぁぁん!」
考え事をしていたら、誰かに名前を呼ばれた。少女の声だ。
えと、どこからだ?
「あ、居――――」
見つけた瞬間には激突していた。坂道を全速力でくだってきていたのだろう。速度を落とせず、僕の鳩尾に少女の頭がめり込んだ。
「うっ……がぁっ……! げっ……かっ……」
「っつー……てっ! ハウさん! 何をしているんですか! 大変です!」
「ど……どうしたの、ナラ……」
激突したのはナラだった。ずいぶん焦った様子だが、何かあったのだろうか。
「デモが……私の妹が……殺人鬼に襲われたんです!」
鳩尾の痛みなど、瞬時に飛んでいった。
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