#24 1日目ー下劣な現実下
前回のあらすじ
デモと出会い、医師会の十人についての情報を得たハウ。殺人鬼の正体が医師会の十人にあるのではないかと踏んだハウが、医師会について調べ始める。
昼下がりに僕はある療養所にやってきた。僕が現在療養している療養所と比較すると、それはそれは見るに堪えない酷い建物だった。本当に療養所か? これ。入ったら治るどころか悪化の一途を辿りそうだ。
とはいえ掲げている看板は違和感を覚えるほど傷一つなく綺麗だったので、きっと改築の予定でも立っているのだろう。
ここに医師会の十人のうちの一人がいる。ちなみに、僕が医師会の十人を頼る理由は二つほどある。一つは、オヨビが操っているという殺人鬼について、彼ら彼女らの意見を聞きたいから。もう一つは、オヨビという人間についての知見を問い糺したいからだ。
もしかすると、なんの情報も得られないかもしれないが、それはそれでいい。知らないなら知らないで、別のアプローチを取れるというものだ。
そうして僕は覚悟を決め、扉を二、三度ノックする。返答を待つが……何もない。
留守かな?
「はい! 只今! ……あれ?」
いったぁ……
勢いよく開かれた扉は、僕の顔面を直撃した。
「どうも、こん、にちは」
僕は限りなく虚勢を張って、この療養所の主と思われる女性に挨拶する。
少し長めの白衣。地面につきそうなほど伸びた茶髪。そして、僕の胸ほどの背丈の女性。何歳かはわからないけれど、しかしこれは、僕より下なんじゃないか?
「あ、あれ? もしかしてもしかしなくても、顔、ぶつけちゃいました? 鼻血出てますよ?」
「え? あ、ほんとだ」
人中を触ると、何か湿った感触があった。その正体は鼻水などではもちろんなく鼻血だろう。
自覚すると痛い。
「と、とりあえず中に入ってください! これでも私、医者なんです!」
知っている。
そうして導かれるままに僕は療養所の中へと進んでいく。療養所の中身は外見通りといった風だ。ボロボロで薄汚く、清潔感はかけらもない。
「こちらです。どうぞ座ってください」
案内されたのはおそらく診察室だった。一台長方形の机が置かれ、その脇に医療道具が並んでいる。
「どうも」喋ったら鼻血がぼたぼたと垂れていった。
「あぁ……」汚らしい傷だらけの床に赤い斑点が刻まれる。
「と、とりあえず鼻血を止めましょうか」
そう言って白衣の女性は僕の鼻に素晴らしい手際で処置を施した。鼻血は……正直止まってる気がしないが、鼻の穴から垂れることは無くなった。代わりといってはなんだが、口に鼻から大量の血が流れ込んでくる。
僕の血の味が、口の中を埋め尽くす。
「よし。多分、これでいいはず」
多分、とか、はず、とか、あんまり医者の格好で言われたくはないな。
「そういえば自己紹介が遅れましたね。私、シタガイマシテと言います。一応医師会の十人で末席ながら籍を置かせてもらっています。子供専門の医者なんですが、一応、大きい人も診られます」
「ハウエヴァーと言います。ハウとか、なんでもいいですが、適当に呼んでください」
「ハウさん! いい名前ですね。でしたら、私もシタガイマシテなんて呼びづらいと思いますので、シタとでもお呼びください。シタだったら、ほら、下手に出てるみたいで謙虚っぽいでしょう?」
……謙虚っぽい? おかしな文句だな。
「ところでハウさん。この診療所はまだ開いていないんですけれど、一体どういうご用でいらしたんですか?」
「あぁ、そうでした。危うく鼻血と一緒に流されるところでした」
そんな冗談を一言述べて、僕はまず、オヨビについて聞くことにした。
「オヨビ……オヨビさんについて、何か知っていることはありますか?」
「はぁ、オヨビさんですか?」
オヨビの名前を出すと、瞬時にシタの表情が翳った。
まずいことを聞いたか?
「オヨビさんについて知っていること……どうしてそんなことを?」
ここで事実を隠蔽したり、僕が体験した出来事をひた隠しにはできなかった。少なくとも、オヨビが殺人鬼を用いて殺人を行なっていること、そして僕が狙われている事情については余すことなく伝えざるを得なかった。
「なるほど、そんな事情があったんですね」
「はい。凶行は止めなければなりません。僕だってほら、身に危険が迫っているわけですし」
「ところで、その殺人鬼事件では、子供は……その被害に遭ったりはしていないんですか?」
シタは突然心配するような素振りで、あるいはオドオドしたように言った。
「それについては僕も存じ上げなくて。とにかく連続で殺されているってことしか」
「そうですか……死ぬのは大人になってからの方がいいですから。子供の無事を祈るばかりです」
……死ぬのは大人になってから? それもまた、おかしな文句だった。
「それで、オヨビさんについてですよね! えっと、あの人も医師会の十人で――――」
「あ、その辺はもう聞いてます」
「あれ? そうなんですか? でしたら、そうですね……」シタは一息ついて言う。
彼女、人を操ることができるんです。
「はぁ、それは、つまり?」得心がいかなかったので、僕は真意を問う。
「殺人鬼を操るっていうのと関連したことなんでしょうけれど、オヨビさんは人を自由自在に操れるんです。もちろん条件はあるんでしょうけど」
人を自由自在に操る?
精神に関する医者で人を操作する能力……胡散臭さに拍車がかかったな。
「それは、とても恐ろしいですね。ところで、殺人鬼についてなんですけど、その正体について心当たりとかは?」
「……すいません。それはちょっと、わからないです」
まぁそうか。大した期待はしていない。
「あの……もういいですか? 実はその、ちょっと諸用が立て込んでまして」
そういうと、シタは椅子から立ち上がった。その時、襟元の小さな隙間から、服で隠している部分が見えた。
「あれ? タトゥーとかするんですね」
「え? あぁ、これは魔法紋章です。私人よりずっと非力でして。この紋章がないと自力で立ち上がれもしないんですよ。まぁ、逆にこれのおかげで大人の男の人より力が出るんですが」
と言って袖を捲ってその魔法紋章とやらを見せてくれた。
厳つい、かなり派手派手しい、見方によっては悪趣味な柄のタトゥーが、おそらくは全身に入っていることがわかった。
「じゃあ、ありがとうございました。殺人鬼は……多分捕まえますので。これからも頑張ってください」
「はい。ありがとうございました」
お礼を言われることなど一つもしていない。そう思いながら、療養所を後にした。
さて……次はだいぶ遠いぞ。南から北までほぼ都市内最長の距離を歩く必要がある。まぁ話したことの整理も付けたいところだったし、丁度いいだろう。
人を操ることができる……か。
おや? もう整理が終わってしまった。もしや、そんな重要なことは聞けていないのか?
「っと……近道、近道」
僕は脇目に入った裏路地へと進む。薄暗い、建物と建物が作る渓谷みたいな路地だ。
そういえば、被害者たちに何か共通点はあるのだろうか? 僕が潰れていた喫茶店で見た(見せられた)死体は随分丁寧に切り刻まれていたものだが。
目撃情報とかを、きちんと聞き込みしておくべきだっただろうか。これでは推理もできない。
まずいな。非常に非効率だ!
「いずれにせよ、ナラには会わな――――」
えっ?
独り言を呟いた瞬間、顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。それは僕を通過して、目前の壁面に突き刺さる。
それは大剣だった。完全に錆きっており、刃物としては死んでいる。
え? 大剣?
「……んと、ん?」
がしゃん、がしゃん。後ろから金属のぶつかる音がリズムをキープしながら近づいてくる。
不審に思わないわけがない。僕はゆっくり振り返る。
「えと、何かご用ですか?」
呑気に僕はそう言った。
そこにいたのは、川底から産まれたのかと思うほど錆まみれの鎧を身に纏った、人相も人間性も不定の、足取のおぼつかない――――危険人物だった。
がしゃん。その音を最後に、錆びた鎧は走り出した。
「うわあぁあぁぁあぁ!」
そんな本気で追いかけられたら誰だって背を向けて逃げ出す! 明らかに追いついて僕をどうこうしようという目算が浮いている!
後ろで追いかける音が一瞬やむ。多分大剣を引き抜いたんだろう。ということは、明らかな敵意に、厳かな凶器が付随することになる。
それは……超まずい!
背後で聞こえる追跡者の音から逃れるために僕は全力で走る。とにかく路地裏から逃げ出さなければ!
開けている方へと無我夢中に進んでいくと、円形にひらけた広場のような場所に出――――
「っぐっ……あぁぁぁっ!」
広場に出た瞬間、大剣が僕の左肩を掠めた。血が流れているのがわかる。骨が断たれてしまったか?
激痛が脳を痺れさせ、足腰の機能は停止する。その場に這いつくばり、地に伏す。
周囲に人はいない。まだ裏路地の内らしい。中央に寂れた噴水が鎮座している。
がしゃん、がしゃん。ゆっくり鎧がこちらに向かってきているのがわかる。
仕留めたことを確認して、悠々とこちらに向かってきているのだ。
死ぬ……のか?
「食事ってのはぁ、誰もいない静かな場所でするもんだよなぁ。お前も、そう思うだろぉ?」
誰だ? 鎧の方から聞こえた声ではない。噴水の向こう、水の噴出筒で姿は見えないが、そこから声が聞こえてくる。
「ところで、何をしているんだ? お前ぇ」
立ち上がったその人物は、僕の前までやってきてそう言った。
新品のキッチリした白衣に身を包んだ、白髪のまじったオールバックの男。
「よ、鎧が……」
「鎧ぃ? そんなのどこにもいないぞ」
え?
傷を庇いながら、右手も庇いながら、僕は今きた道を振り返る。
そこには誰も、何もいなかった。
忽然と姿を消していた。
「そんな……何で?」
「お前ぇ、怪我してるじゃないか。大丈夫かぁ?」
「大丈夫……じゃ、ない」
どくどくと血は流れ続けている。
「はぁ……俺は外傷専門の医者なんだが、お前を治すのは……飯食ってからでもいいかぁ?」
「いや……いいわけ、な……い」
僕はそうして、気を失ってしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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