#22 1日目ー並列な現実下
前回のあらすじ
退屈な朝を過ごしていたハウは、突如現れた少女ナラと共に、巷を騒がせている殺人鬼調査を手伝うことになった。
「殺人鬼。とは言うけれど、鬼ってどんな生き物なんだろうね?」
「おや、鬼を知らないのに鬼が生物であることは知っているんですね」
「それは、まぁ、なんとなく。そういった前提知識は備えておりますナラ社長」
「おぉ……! その呼び方良いですね! これからもその調子でお願いします!」
僕たちは殺人鬼調査のために、出店の並ぶ商店街にやってきた。ナラ曰く、この商店街の付近で直近の殺人が起きたそうなのだ。
ゆえに、目撃者からの有力な証言をアテにしているというわけである。
「まぁ、殺人鬼の正体は鬼などという空想上の生物ではなく、現実下に存在する生々しい人間だとは思いますけどね」
ふむ、まぁ、そうだろう。そこに異を唱える僕ではない。
「では、私は向こう側から順に聞いていきますので、ハウさんは反対側をお願いします」
「ラジャー」
ナラはそれだけ言って商店街の彼方へと消えていった。
さて、僕も行動しなくては。
「差し当たっては、しらみつぶしに……あ痛っ」
振り向いて歩き出した途端、何者かの胸板にぶつかった。考え事をしていたせいで視野が狭まっていたのだろう。目前の人物に気づかなかった。
「あっ、すいません……前見てなくて……」
「そうか。構わない。君が私とぶつかる周期は予測していた」
そこにそびえ立っていたのは、白衣を身にまとい、ボサボサの黒髪と、色の悪い顔の、まさしく医者といった風貌の人物だった。
「すいません……では」
「待ちたまえ。君は何か、私に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
正体不明の変人たるこの人に聞きたいことなど、もちろんない訳なのだが、しかし、まぁ、広義的に捉えればたしかにあなたに聞きたいことはある。それがあなたである必要はないのだけれど。
「だったら、一つお伺いしたいんですけど、えっと、この辺りで最近殺人事件が起きたのご存知ですか?」
「そうだな。その事は知っている」
「だったら、その件について何か知っていることはありますかね?」
僕は恭しく丁重にそう聞いたが、しかし内心何の期待もしていなかった。これから何十人、下手したら何百人とに話を聞かなければいけないことを考えると、一人一人に無駄な期待はかけていられない。
「知っている」
「そうですよね……え?」
なんて言った? 知っていると言ったのか?
「何か知ってるんですか?」
「くどいな。あぁ、知っているとも」
一人目からまさか当たりを引くなんて! 僕にはジャーナリズムの才能があるのかもしれない。
「でしたら一つそれを教えていただきたいんですが……」
「ふむ、いいだろう。ここではなんだ。あちらで話をしよう」
医者らしき人物が指したのは路地裏だった。薄暗い影の落ちた路地裏が、こちらを覗き見ている。
ここで警戒心を働かせないのは、社会の渦中で生きる生物として欠落していると言えるだろう。
「えと……その辺に美味しい喫茶店があるはずなんですが、そこでお話をするというのは?」
本当に喫茶店があるのか、あったとして美味しいのか、そこについては全く知らなかったが僕は言った。
「そうか。構わない。こっちだ」
そう言って医者のような人物は先導して歩き出して行った。あれ、僕が知っている店に行く流れだったのではなかったか? いやまぁ、ほんとに店があるのかは全く知らないんだけど。
そんな疑問が浮かんではいたが、あまりに堂々と前を歩くので、僕は何も言わずついていくことにした。
話を聞ければそれでナラが僕に課した仕事は全て達せられるので、それに至るまでの過程はどうでもいいのだ。
「ここだ」
しばらくついていくと、そこにあったのは確かに喫茶店だった。しかし、とっくのとうに潰れてしまっているように見える。店内は埃で満ちているし、椅子はやる気を失ったみたいに転がっているものがちらほらと。
「えっと、ここは……」
このかつて喫茶店だったであろう店を、取材をするのに適切な場所だと本気で思っているのかと、医者のような人物の頭がきちんと作動しているのかどうかを問おうとするが、医者のような人物は構うことなく店内へと這入っていった。
もちろん僕はおいそれと同じ行動をとることはせず、立ち尽くす。
「何をしている。入らないのか」
すでにカフェテーブルを挟む二つの椅子のうち一つに座っているかの変人はそう僕に促した。
うん……しかしなぁ、ただの変な人ということもあるだろうし……単純に人目に付くのが嫌だったからなのかもしれないし……
僕は心内で、何とか理由を見つけて廃墟と化した店内へ侵入する。そして変人の対面に座った。
「私は、オヨビという。頭の医者だ」
椅子に腰掛けた途端、変人はそう名乗った。
「あ、えっと、僕は――――」
「その名前の手記はすでに知っている。名乗らなくていい」
「……えと、それってどういう意味ですか」
変人度合いに拍車が掛かっているぞこの人。第一、僕の名前を知っているって? 何だそれ。僕はそんなやたらめったに名前を名乗ってはいない。手配書にだって僕の名前が載るべき欄は空白なんだぞ?
「ハウエヴァー、と名乗っているそうじゃないか。もっとも、特に思い入れはないようだが」
「なっ……」
本当に知っている……! もちろん名前を教えた覚えはない。どこで知ったのだろう。誰から伝え聞いたのだろう。
「名前を知っていることが衝撃かもしれないが、そう驚くことではない。人は努力さえすれば大抵のことは出来る。存在していて、生きていて、名前のある生物の名前を知ることなど容易だ」
唖然、というよりは、素直にドン引きと形容しよう。もはや変な人という可愛げと容赦の含まれた言葉じゃこの人を表すには不足すぎる!
不審者だ!
「私は君に興味があるんだ。ゆえにこの都市に赴いた。まぁ、もう一つ興味深い物もないではないが――――しかし、君にはそれすら遥かに凌駕する興味が、私の中にある」
声に起伏は一切ないが、しかし相当気分が高揚していることだけは伝わった。
……一体僕のどこの何に対してそこまで気分を昂らせる要素があるのか、甚だ疑問だ。だが、もしかするとこの人は僕の知らない僕の一面を知っているのではないだろうか?
ならば、それはつまり、僕の記憶の一片を知るチャンスということにならないか!?
「あの、一体僕のどこにあなたがそこまで固執する理由があるんですか?」
「ふむ、自覚がないのか。やはりその周期通りか」
オヨビは椅子の背もたれに体重をかけながら、そう言った。
「自覚がないというか、記憶がないというか……」
「記憶がない。か。中々面白い表現だ」
なんだか会話になっていない……
というか要領を得ない発言ばかりだ。この人は僕の何を知っているのだ。
僕のどこを、何を、知っているのだろう。
「で、あの、その、理由の方は?」
「そうだな。私は頭の医者だと言っただろう。だがそれは私という人間を表すには言葉を欠いている。別に私は頭蓋を開いて脳を弄くり回す露悪的趣味はない」
「はぁ……」
「私は精神の医者だ。生物に内在する漠然とした意識のスペシャリストと言い換えてもいい」
精神の医者、というのはいいとして、やはり見えてこないのはそれが一体全体どうやって僕と繋がるというのだろう。
僕は精神を病んではいない。
「で、それが一体どうして理由になるんでしょうか」
「私にはわかる。君の精神は特別製だ。人間の発揮しうる精神性を遥かに凌駕している」
「……あの、全く話が見えてこないんですけど、まぁ精神が特別製、ってのもよくわかりませんが、そこは百歩譲って飲み込むとして、それがどう特別なのか、とか、いわばもっと具体的な話が聞きたいんです」
「ふむ、しかし具体的な話はできない」
「え?」
「それは別に、君の精神について秘匿されているからではない。私の理解の範疇を君が超えているが故に、こうも抽象的な説明しかできないのだ」
要するに、私は君の精神性が特別ということ以外何も知らない。故に興味深い。と、オヨビは冷静にそう言った。まるで呆れているようでもあったが、冷たく張り付いたその顔には何の感情も浮かんでいない。だから、きっと僕が勝手に感じただけだ。
「……でも、あなたの興味に付き合うことはできませんよ? 僕、記者の仕事を手伝っていますし、怪我が治ったら都市は出て行きますし……」
僕のことを少しでも知れるかも、なんて期待から、オヨビに徹底して付き合うことを考えたが、かかる時間やオヨビ自身の得体のしれなさは無視できない。
そうして出た結論は、危なっしいし面倒くさい、という保身と怠惰に塗れた感情そのものだった。
「それについては構わない。君は否応なく私の追究に従わなければならない周期にいる」
「ん? それは、ええと、どういう……」
まさか、脅しでもする気か?
「その答えは、あの部屋にある」
そう言ってオヨビは喫茶店の奥にある寂れた扉を指差した。見るからに建て付けが悪そうだ。
「もうさっぱり意味不明ですよ。何がしたいんですか?」
僕自身も若干呆れ始めていた。殺人鬼の取材をしに来ただけなのに、よくわからない人によくわからない話をされて、何かと問えばはぐらかされる。対話に辟易し始め、これからまだ何人にも取材をしなければならないことを考えると、気が滅入る。
とにかく僕は立ち上がり、扉の前まで行く。ノブには埃がついていなかった。
これで特に何もなかったら、あの人どうしてくれようか。
僕はそんな悪戯心を秘めながら、扉を開いた。
「……えっ?」
そこにあったのは――――
「そういえば、もとを辿れば君は殺人鬼の調査をしていたのだったな」
小さな部屋。タイル張りで、おそらくは倉庫として用いられていたであろうその部屋には、茶葉や小麦粉なんかの食材が詰まった袋が並んでいる。
その一方で。
「……な、な、何なん、です、か、これ」
そこにあったのは、死体だった。男の死体が関節一つ一つを起点に丁寧かつ端正に切り落とされ、清潔感あるタイルを血溜まりで汚し、沈黙している。
まさに死が転がっていた。
どれだけの嘘つきがいても、この光景を前にして生きているなどとは言わないだろう。
助かる見込みのない、死そのものの原型とまで言える。
徹頭徹尾、完全無欠の惨殺。
「その事件の真犯人は、私なんだ」
「……は?」
情報処理が追いつかない。何が起こっているのか判別できない。
今、ここで何が起こったんだ?
「しかし実行犯ではない。私がしているのは殺人鬼を操っていることだけ。故に私は真犯人。俗っぽい言い方だが、的を射ているだろう」
「何を……言ってるんですか……」
「これから私は殺人鬼、つまりは真ではない犯人を用い君を追い詰める。そうして君の精神性を測る。君は最大の不幸に見舞われないよう、精神崩壊をしないよう、精一杯気を張って、犯人探しに勤めたまえ」
オヨビは、相変わらずの鉄面皮で、そう言った。
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