#21 1日目ー現実下(ハウ視点)
前回のあらすじ
時は1日目に遡る。ナドが接続士の対処を試行錯誤していた頃、ハウはベンチに座って風を浴び、暇を堪能していた。
「殺人は悪いことだと思いますか?」
僕は風を顔に浴びながら、誰だか知らない正体の不明な少女に、僕はそんな問いかけを受けていた。
「なんでしょう……いきなり」
「ですから! 殺人は悪いこと、法で裁かれるべき絶対的悪行ですよね!? と問いているのです!」
僕はようやく右腕の天井吊り状態から解放された身であり、尚且つ治療所からこっそり抜け出している脱走兵なのだが、しかしどうして、偶然見つけたベンチに座った途端この少女に話しかけられたのだ。
僕何かした?
「どうしてそんなことを僕に聞くのかがわからないけれど。どうしたの? 何か嫌なことでもあった?」
「人のプライベートな部分に踏み込んでこないでください!」
人のプライベートを邪魔している人間に言われたくはなかった。
まぁ、しかし、嫌なことがあったのだろう。それをただの八つ当たりとして僕にぶつけているのだ。そう思うことにした。
「しかしね、不満があって一方的に聞かせたいのだろうけれど、なら、しっかり話を聞いてあげない僕ではないよ」
なんと言っても、僕は暇人なのだ。仲間たちは僕を置いて食事に行くし、ナドは先に治療所を出るし、やる事も何もない僕にとって、雑談ですら欲していたくらいだ。
「そうですか。ですが申し訳ありません。社内秘密ですので、あなたにお話しできることは何一つございませんので」
「冷たいね」
「なんですか? 爪痛いんですか?」
どんな聞き間違えだ。
「爪はちゃんと切らないと巻き爪になってしまいますからね。気をつけてください」
「そういえば、社内秘密とか言ってたけど、なになに? 君働いてるの?」
少女の見た目は十才くらいである。いや、もしやもっと下、一桁代の可能性すらあるかもしれない。
そんな少女が過酷に働くとは思えないが、しかしそうせざるを得ないほど困窮しているのかもしれない。というか法律が許すのだろうか。
「えぇ、もちろん働いていますとも。見てくださいこの制服を! 素晴らしいでしょう! 美しいでしょう!」
ほう、たしかに見ただけでわかる。しかし制服らしいその服は多少良いものだけれど、一体どこの何の制服なのだろう?
憲兵とか、そういうのだったら、いやほんとどうしよ。
「ふむふむ。そうだね。素晴らしい制服だよ。一体どこの偉大で尊大な会社様が仕立てた制服なのか、非常に興味あるね」
と、僕はわざとらしく聞いた。彼女に興味があるのは真実だが、しかし彼女の会社の制服にはこれっぽっちも興味はなかった。
「ふふん、そうですか。であれば特別に、この新聞を買っていただければお教えしましょう!」
「ふーん、新聞社で働いてるんだ」
「な、どうしてわかったんですか……!」
問うに落ちず語るに落ちるとは、この事である。
「まぁ新聞は買うけど。どれぐらい?」
僕はポケットの中身を漁る。滑らかで細かな凹凸のある、おそらくは貨幣であろう金属片が、数枚入っていた。
「銅貨三……いえ、四枚です。ちなみに釣り銭はないので、丁度でお支払いください」
あ、足元見やがった。
「はい。じゃあこれで」僕は適当に拾い上げた一枚の貨幣を渡す。それは太陽の光に照らされて、美しい光沢を放つ、いわゆる金貨だった。
「あの、ですから、お釣りはないんですが。というか、たとえあったとしても金貨なんて扱いきれないんですが」
「そうなの? うーん、まぁ、じゃああげるよ」
「え?」
随分呆けた顔である。愉快だ。
うちのパーティーにいるソシテという男は、タガの大きく外れた金遣いの荒さが短所として挙げられる男だが、僕自身、それを咎められない部分もあるな。
「いいんですか? 本当にもらっちゃいますよ。返しませんよ? あ、それとも、暇に明け暮れた富裕層の方だったりするんですか?!」
「いや、ただの貧乏な旅人」
あれ? そういえばなんで僕金貨なんて持ってるんだっけ? 療養にあたっての、一種の生活費のようだった気がするんだけど……
まぁいいか。
「正直、あなたという人間が見えてこなくて大変恐ろしいのですが、代金はお支払い頂いたので、こちら、我が新聞社特別執筆号です。この私が丹精込めて、心血を注いで、魂を吹き込んだ、今後百年に渡って読まれ続ける一柱ですので、どうかご一読を!」
たかが新聞一部に、そこまでの力説とは、恐れ入る。
あと、一柱って神様とかの数え方じゃなかったか?
まさか、虚実入り混じる情報の詰め合わせでしかない、たかが新聞一部がこの子の手によって神格化したとでもいうのか?!
「その自信には脱帽だよ。どれどれ」
新聞の一枚目。いわば新聞の顔とも言える一面。そこにはこう書かれていた。
『都市を恐怖に陥れる狂気の殺人鬼! 被害者続出!』
「ふーん……殺人鬼ねぇ。随分物騒なものだね」
「えぇ物騒です。素直に怖いと言ってもいいでしょう。ちなみに、その殺人鬼、私が調査しているんですよ」
新聞の本文にあたる部分を読み込んでみると、被害者の凄惨な状態や遺族へのインタビューなどが事細かに書かれていた。
「これ、全部君が書いたの? 取材も含めて?」
「ええ! もちろん! 全てこの私が手がけています」
「へぇ、そりゃすごい。これに関しては賞賛に値するよ」
と呟いて次の紙面を見る。そこには都市の隅に咲いた花が何種類あるだとか、猫のイタズラが頻発しているだとか、そんな当たり障りのないことばかりが書いてあって……まぁつまり、一面以外は適当だという事だった。
しっかし、殺人鬼ねぇ。そののっぴきならない悪鬼羅刹の調査、もとい取材をこんな幼い子供が嬉々として遂行しているというのは、中々目に余る……というか単純に心配だ。
万が一、億が一にもないとは思うが、もし殺人鬼に辿り着き、そしてあいまみえてしまった場合はどうするつもりなのだろう。
「ところで、この殺人鬼調査っていうのは、僕は関わったらダメなのかな?」
「え? 手伝ってくれるんですか?」
「うん、まぁ、そういうことになる」
「それは猫の手も貸借したいほど、我々は日々の労働に身を窶しているわけですが、しかし一般の方が関与するというのは、ちょっと……」
そうブツブツ呟きながら、彼女は僕に背を向けて考え事をし始めた。そりゃそうだよな。外様がいきなり仲間に入れてくれとせがんできたら、躊躇するのは当然の道理だ。ひどく正しい行いをしているとも言える。
「そうだな、君の会社がどんな財政計画を採っているのは知らないけれど、その金貨一枚分の釣りを僕が行った資金援助として受け取るのなら、僕に君の仕事ぶりを見せてもらう権利は十分にあるんじゃないかな」
「な! なるほど……そういう魂胆だったわけですね。ずっと腹の中で渦巻かせていたんですね!」
そんなあくどい話か? これ。
「でしたらいいでしょう。一般人Aとしての協力を要請します!」
「どうぞよろしく。僕は、えっと、なんだっけ、そう、ハウエヴァーとか、色々名前がある。ハウと呼んでもらって構わないよ」
「私はナラと言います。この都市、『ポイントドット』の二十三社目の新聞社、『ダダネコ』の 社長です。若社長です!」
「へぇ……社長……」
社長? いやでも、さっきあの新聞は自分で書いているとか言っていなかったか? 相当小さな会社なのか? いやでも社長がやる仕事ではない気がするけど……
「もしかして、君しか社員がいないのか?」
「いえいえ、そんなことはありません。私の妹が二人働いています。もっとも、そのどちらもがあまり表舞台に立たない方面の、深層に触れたお仕事を遂行しているので、実質新聞社は私一人によって切り盛りされているわけですが」
まぁ! 私も真相に触れる仕事なので、二人の妹と大差はありませんが! と言ってナラは大笑いした。
しかし中々大変そうだ。この歳で会社を立ち上げると言うのは野心に溢れてとても素晴らしいと思う。がしかし、やはり疑問なのはどうしてこの歳で会社を立ち上げる必要があったのかと言うことだ。
生活が相当逼迫しているのかもしれないと、勝手な想像をして、勝手な同情をしそうになったので、僕は考えるのをやめた。
「では、時間は有限ですので、一刻一刻老いていく体に置いていかれないよう、早速参りましょうか!」
これが、僕と若社長たるナラとの、最初の出会いだった。
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