#20 3日目ー空想上の世界
前回のあらすじ
ナラを手にかけてしまったナドは、かつて訪れた精神の医者の診療所へと向かう。そこでオヨビと出会い、寄生者の正体と目的が判明する。
僕様は接続士だ。どっかのジジイが僕様をそんな風に呼んだ。くだらない陳腐な呼び名だと僕様は思うが、しかし案外僕様は気に入っていた。
名前は大切だ。名前というのは体に刻まれるものではなく、手出しのできない心に刻まれるものだからだ。
だから、くだらない名前をつけた僕様の親はその代償に僕様直々に命を奪ったし、その名前を知っている全ての人間を僕様は手にかけた。
ゆえに接続士という名前は気に入っている。元の名前に比べれば随分マシだからだ。知っている人間を殺す必要がない。
ただでさえ僕様は不老不死だ。生きとし生けるものの頂点に立つ存在で、この世界の王だ。
そんな存在の名前は、ほら、大事だろう?
「だから、ま、名前は大事だよな? ナド」
僕様はナドからハウとかいう男の体に移動した後、月のよく見えそうな高台へと移動した。月は好きだ。どんな時も輝いている、不変の象徴だ。
「その顔と、その声で、私の名前を呼ばないでください」
兜でその顔色は伺えないが、こいつの感情は容易に察せられる。
怒り心頭。なんて生やさしい言葉では表しきれないはずだ。
腹の奥底から煮えたぎるような憤怒が全身を支配しているはずだ。このまま僕様に掴みかかって、髪を毟り、目を抉り、歯をへし折り、全身の骨肉に至るまで、ぐちゃぐちゃにしたいという欲望で満ちている。
わかる。わかるぞナド。その気持ちはおよそ人間らしい至高の感情だ!
「この顔が不愉快だというのなら、いいだろう。こっちの方がいいか?」
そう言ってから僕様は、不老不死となる前の姿に体を訂正した。
髪は波がかかった黒髪で、重い瞼が心を覗き込むような瞳に変化させている。人を侮り、嘲るために特化した顔だ。僕様はそう自負している。
僕様はそんな顔が嫌いだ。僕様は僕様の全てが憎い。
親を殺した僕様が憎い。名前を気に入らなかった僕様が憎い。誰のためにも生きられなかった僕様が憎い。
だから、僕様は僕様を殺し続ける。そのために僕様は不老不死の体現者となったのだ。
「まったく、盲点という他にありませんよ。まさか、最初からハウさんを狙っていただなんて」
「いやぁ? 別に最初からこの失敗作の男を狙っていたわけじゃない。乗っ取ることを思いついたのは昨日今日の話でね。それまではお前を使って計画を果たそうとしていたんだよ」
「結局、あなたはその体を使って全人類の記憶を制限しようとしているわけですか。どうやってやるかは知りませんが」
「あぁ、お前、知ってるんだったよなぁ。全く、あのオヨビとかいう女、とんでもないことしてくれたよ」
あの女が、僕様をこんな風にしたあのジジイの……弟子の孫とはね。随分関係が遠いが、しかし因縁が続いていることに間違いはない。
「お前が初めてオヨビの診察を受けた時、僕様は無理やり表面上に引きずり出された。どういう魔法を使ったのかは知らないけど、全て洗いざらい喋らされた。あの時は、流石の僕様でも焦ったね」
その後意識をなんとか取り戻して、どうにか殺そうとしたのだけれど、致命傷は与えられずに逃げられてしまった。
だから、あの時計画は全て頓挫したと思ったね。数百年また縛られる覚悟さえし始めたくらいだ。
だけど、このハウとかいう男の存在を知った。
全てを凌駕する絶大な魔力。
精神に空いた巨大な空白。
そして、ナドとの関係性。
全てが揃っていた。僕様の企んでいた計画全てを過去にする、遥かに優れた肉体を僕様は見つけたのだ。
「だけど、ハウとかいうこいつを見つけてからは全てが変わった。僕様の計画は軒並み、いかにしてハウを乗っ取るかというただ一つに絞られた」
人から人への乗っ取りは、素肌を介さなくてはならない。物体から肉体に移るには、たとえ鎧越しだろうと触れればいいのだが、人同士となるとそうはいかない。
「一昨日の強盗も、あなたの仕業ですよね」
「一昨日の強盗……あぁ、そうだねぇ。今から考えるとなんて間抜けな行為をしていたんだろうね。僕様は」
本来僕様の計画では、魔法具店から魔石とポーションを強奪し、大量の魔石で魔法陣を敷き、ちまちまと企みを進める……なんて馬鹿らしいんだ。こんなことを真面目に考えていたという事実が恐ろしい。
もっとも、その必要は無くなった。凡人じゃ決して扱いきれない魔力量で、全て補える。
魔法陣は不要。補充のことも考えなくて良い。
「記憶を制限しようとしているらしいですけど、もしあなたの計画が成功を収めてしまったら、我々はどうなるんですか」
「もし、なんて文句が気に食わないが、そうだな、物事を正確に覚えられなくはなるだろうな。思い出は消え失せ、知識はぼやけ、経験は滲み、感情は薄まる。人間らしい生活ができなくなる奴もいるだろうなぁ」
僕様は堂々とそう言った。人の記憶を制限したところでどんな影響が出るかなんて知りもしないし、わかりもしないが、少なくとも現存の人間たちよりかは遥かに劣る生物へと成り下がることはわかっている。
そういう魔法だ。
そういう魔術だ。
「でしたら、何が何でも止めなくてはなりませんね」
「へぇ? どうやって? ナド、お前、オヨビとかいうのに、自分で考えろとか言われた時、何も思いついていなかったじゃないか。どうすればいいんだと迷っただろう。八方塞がりだとも考えていたはずだよねぇ?」
「……はぁ、ほんと悪趣味。露悪的。最悪ですねぇあなた」
「お前、今の僕様じゃお前なんて簡単に殺せるんだぞ。指先を少し向けるだけでね」
だけど、僕にアリを潰して回る趣味はない。ナドを殺すなんてしないさ。
それに、思い入れがないわけじゃない。こいつは少しの間世話になったわけでもあるし。
「そうだ。僕様にはこれから行かなきゃ行けない場所があるんだ。家賃がどうとか言っていたよねぇ? ナド。その精算ついでに、お前も連れて行ってやろうか」
「……どこに行くんですか?」
「お前たちが旧世界とか呼んでる場所だよ。この都市の地下に眠ってる。ま、僕様からしたら、旧世界なんて言い方はちょっと腹が立つんだけどさ」
僕様が生きていた時代の世界だ。旧いなんて蔑称は純粋に嫌気がさす。
「どうやって行くんです? というか、そこで何を?」
「それは行ってからのお楽しみというやつだよナド」
僕様は、目にも留まらぬスピードで、ナドのすぐ横に移動した。
「なっ――――」
そこで、ハウという男が大事に守っていた右腕で、魔力を込めて思い切りナドの横腹を殴り飛ばした。奴は丈夫らしいからこの程度では死なないだろう。
「旧世界とやらに入る明確な方法はない。不意に入ってしまうこともあるだろうし、行こうと思って行ける場所でもない。身近に潜んでいて、遠くに佇んでいる。そんな場所なんだよ」
ナドを突き飛ばした先は用水路の小さな川だった。あれで旧世界とやらに行けるかは知らないが、まぁ、多分行けるだろう。
そういう場所だ。
あの忌々しいあいつが創った、このくだらない世界の隙間。
そういう場所で、そういう世界だ。
「まぁ、最も確実で、簡単な方法があるけどね」
それは、とても野蛮的で不器用で荒々しい。
最悪な方法。
「魔力を使うのにいちいち重症になってちゃ世話がない」
僕様はそう言って、この都市の中心に、全力の魔力放出を見舞った。
中央には広場がある。美術家の血と汗と価値観が詰まった醜い噴水が鎮座している。
それらを全て粉砕し、床を弾け飛ばし、砂埃を宙に舞わせ、石材の破片が降り注ぐ。
そうして出来た円形の広場を丸ごとくり抜いたような穴に、僕様は身を沈めていく。
空想上の世界を、僕様のものにするために。
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