#14 小さな世界
前回のあらすじ
白い水浸しの旧世界からの脱出するために四苦八苦する羽目になる僕。最終的に取った手段は、右手の魔力の解放だった。
運命は誰にもわからない。
運命の行先を示すものはない。
運命の邪魔は誰にもできない。
それはこの世界の誰もが知っている常識であり、不文律でもある。
だけどおかしいよね? みんな心の中ではわかりきっていることを、さも不明瞭であるかのように語るんだから。どうしてなんだろう? ボクにはどうしてもそれが理解できない。
はっきり言って意味不明だ。
もしかすると人間というのは、広く一般的社会に住んでいる、あるいは適合している彼ら彼女らは、諦めるということを知らないのかも。
絶対的で絶望的で必然的な物事に直面したとき、か弱くか細い愚か者たちがどう行動すべきかを理解していないのだろう。
本来はさっさと諦めるべきだ。頭を地につけて、恐ろしいなら泣き叫び、絶望したなら沈黙する。そうすべきだし、そうなって然るべきだ。
……なんて、盲目的に自分の思想を追求できるほど、ボクは腐ってはいない。
ある程度の理解はあるつもりだ。世界の真実が理解されないことや、皆がいかに愚かであるかということなど、あげればキリがないが。
それに、本音を言うとボク自身運命が絶対だと確信している。信仰の域にまで達しているし、というか事実だろう。
だけど、運命はまだ証明されていない。
だからボクから一つ要求するなら、そう、反論が欲しい。
反証が欲しい。対立が欲しい。否定が欲しい。
反対する誰かがいなければ、どれだけ真実を語ったとしてもそれが本当になることはない。
絶対的な運命に立ち向かう誰かが欲しいんだ。
運命へ勇猛果敢に邁進し、不変を貫く普遍的真理を打ち砕く。
そんな存在が、ボクは欲しい。
そう、たとえば彼。
優しい仲間に恵まれた、あの彼。
たしか名前は、ハウエヴァー? とか言ってたっけ?
彼なら有り得るのかもしれない。
運命に立ち向かい、運命を打ち砕かんとし、運命を恨んでくれるに違いない。
そして……そして……
そして、ボクの目の前で、運命に殺されて欲しい。
そうして、運命が絶対的であることの、真の証明を、ボクに示して欲しいんだ。
だから、その日まで死なないでね。
心優しい――――
**********
「ん……」
目を覚ました。
「ここ……は?」
僕はベッドの上にいた。柔らかくて、清潔なベッド。室内は薬品のような匂いに満ちている。
「うっ……があぁぁぁっ!」
右腕に激痛が走る。見ると、包帯で幾重にも包まれており、見慣れぬ針ようなものが刺さっていて、天井に吊られていた。
右手を動かそうとしても、その命令が通じていないように感じ、痛みだけが右腕の存在を証明させていた。
そうだ……僕は旧世界を脱出するために右腕を犠牲にしたんだ。魔力を解放させて、右腕の骨肉を吹き飛ばしながら、壁を破った。
結果的にそれは成功した……のだろうか。ここがまだ旧世界の一部という可能性はないだろうか。
包帯や薬品の匂いなどから察するに、病院や治療所の類なのだろうけれど。
「あ! 起きてるよ!」
部屋を仕切る扉を開いて現れたのはトコロデだった。元気を持て余しているといった風だ。
「トコロデ……ってことは、出られたの……か?」
「よぉ」
トコロデの後ろからソシテが現れる。袖の隙間から包帯を巻いているのが見えた。
「あの、ここは?」
ソシテは僕の側まで来て、ベッドの隣に備え付けられていた椅子に座った。
「ここは南方最大の都市、『ポイントドット』。その中にあるモグリの医者がやってる治療所だ」
『ポイントドット』……都市まで移動したのか。モシのことや、あの旧世界について色々聞きたいことは山積みだったが、とりあえず一つ一つ消化していくことにした。
「その右腕、使ったんだな。長い事眠ってたのもそれが理由だろう。右腕もしばらくまともに使えないだろうな」
「そうですか……」
色々話を聞きたいが、やや過剰気味に痛みを伝えてくる右腕のせいで話をする気力が削がれていく。
「そういえば、ナドは? 姿が見えないけど……」
「あふぁしふぁらここふぃふぃまふお」
隣のベッドにいた。かなり舌足らずで何を言っているのか一切理解できない。ベッドの上だというのに相変わらず鎧を被っているので、その容体も不明だ。
いや脱げよ。
「どうしたんだ、あれ?」
「さぁな。どうも一緒に迷い込んだ知らん奴から相当殴られたらしいが」
「ふぇえ! ふぁのひとふぉんとに――――」解読不可能なので、割愛。
「わたしは女の人だったなー。殴ったら気絶しちゃったけど」
……なぜ殴ったんだろう。
「俺は魔法使いのガキだったな。しかしよくわからんのは、俺たちがそれぞれ共に旧世界に迷った人間が、脱出したらことごとく消えているという点だ」
もしかすると、奴らは魔獣の類だったのかもしれん。ソシテはそう締めた。
「それは、無いと思う」
「……ほう」
「いや、特段大した反論や証拠があるわけじゃないんだけど、なんていうか、どうもあれが幻覚とか偽物とかそういう紛い物じみた感じがしないっていうか……」
自分で言っていてふわふわした言葉だな、と猛省する。しかしそうとしか言いようがないのだからしょうがない。
モシ……彼は世界は運命によってすでに定められている、なんて豪語していたけれど、そんなことはあり得ない。
誰にも、運命にだって、人々がどうなっていくかを決める権利なんてものはないのだ。
未来とは自分で切り拓くものなのだから。
「そうだな。奴らについて考えてもしょうがないことだ。奴らが本物なら、どうせまた会えるだろう」
そう言うとソシテは立ち上がり、それじゃ、とだけ言って部屋を去った。
「じゃ! わたしも遊んでくる、じゃなくて、暴れてくるね!」
そう言うと、トコロデも窓を開けて飛び降りて行った。
「ひょういえば、あふぁふぃふぃんさつがふぁるんふぇした。ふぃふれいします」
何を言っているかわからなかったが、ナドもふらつきながら部屋を出ていく。
一人、病室に取り残される。
天井を見つめたり、右腕を見つめたり。
右腕から伝わってくる痛みが生きていることを、僕の存在そのものを証明してくれている。
また、脱出できたのだ。あの旧世界から。
だがまぁ、しかしたまたまだとも言える。こんな偶然は二度と起こらないかもしれない。
僕たちは運良く命を拾っているだけに過ぎないのだ。次また同じ目に遭った時、僕たちがどう苦労し、どう傷つき、どう追い詰められるのかなんてのはわからないのだから。
未来も、運命も。
だから世界は面白いとも言えるし、残酷だとも言えるのだ。
と、僕は思って、目を瞑る。
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