#13 運ばれた命/命を運ぶ
前回のあらすじ
新たにダンジョンを探索していると、モシという男に出会う。怪しげなモシと同行して探索を進めるが、いつの間にかモシとハウエヴァーの二人が、白い水浸しの通路へと迷い込んでしまうのだった。
「しばらく歩いてきたけれど、どこまでも続いているみたいな感じがするね」
声のよく響く真っ白な通路で、モシはそう言った。
僕たちは先程まで、暗くじめっとした、石材で作られたダンジョンのいち通路にいた。しかし、変化に全く気付かずに、いつの間にかこんな異質な空間にやってきてしまったのだ。
足首のあたりまで透明な液体、おそらくは水なのだろうけれど、それに浸されており、不自然なほど滑らかで白い材質で構成された通路。
そして何より、壁面に等間隔で空いている正方形の窓のような物から、朝日に似た光が差し込んでいる。
「さてと……だいぶ煮詰まってきた感じかな? それとも、正直にピンチと言ったほうがいいのかな?」
モシは床を浸している液体を気にせずに座り込む。ズボンが液体に触れた瞬間、色が濃くなった。
しかし、この異質さ、現実味のなさは六ヶ月前を思い出す……もしかすると、いや、十中八九ここは旧世界だろう。
ここが現実だったら驚きだ。ただのダンジョンの罠だなんて事実は受け入れられない。
「どこまでも続く道なんてのはありえないでしょう」
沈黙が気まずかったから、僕は希望を見出すつもりでそう言った。
ネガティブな方向へ持っていこうとするモシに対する反論という意味でも、もちろんある。
「だから?」
「だから……えっと、だから、どこかに攻略法、というか脱出口みたいなものがあるはずなんです」
自分で言っていておかしくなりそうなほど、綺麗で凄まじい希望の言葉だった。
あの六ヶ月前の旧世界を知っている僕には、攻略法や脱出口を探すことの無意味さがわかっているはずなのに。
「うん、前向きで素晴らしいよ。常に後ろ向きの僕なんかに比べたら、君は太陽みたいなものだ」
それは誇張表現だろ。
「窓も割れないし、壁も傷ひとつつかない。八方塞がりですよ」
できそうな破壊工作はすでに実行済みだ。そして、そのどれもが失敗に終わっている。
「もしかすると、ここからは出られない運命なのかもね」
「そんな不安になるようなこと言わないでくださいよ」
どうしてこうこの人は悲観的なのだろう。僕の仲間たちはこんな状況になっても決して取り乱さず……
そういえば、ナドやトコロデ、ソシテはどうしているのだろう。一緒に列を作って進んでいたのだから、僕たちと同じ旧世界に来ているか、もしくは、僕たちだけがここに来て、みんなはダンジョンの奥へと進んだのか、のどちらかだろう。
「そういえば、モシさんって最初に会ったとき、ボクたちって言ってましたよね。仲間と一緒にいたんですか?」
「あぁ……そういえば、そうだね。ボク以外に三人いたんだけど、いきなりいなくなっちゃってさ。リーダーの言う通り動いただけなんだけどね」
いきなりいなくなった……向こうから見れば、僕たちがそう映っているのだろう。
三人か……
「あ、もしかしたら、君の仲間たちと一緒にいるのかもね。ほら、今みたいにボクと君が一緒にいるように、一対一になってるのかも」
僕たちと同じように、一対一……もしそうなのだとすれば、この旧世界にやってきているはずだ。じゃあ、この道をずっと行けば、いつかは会えるということなのではないか?
「だとすると、リーダーと一緒になった人は可哀想としか言いようがないね……彼女、結構苛烈だからさ。ボクなんかじゃ一切合切足元にも及ばないんだけど、普通の人でも中々厳しいんじゃないかな?」
そう語るモシを尻目に、僕はこの白い通路を水音と共に歩き始めた。
「あれ? どこ行くの?」
「もしかすると、この先に仲間がいるかも知れません。確かめに行きます」
「そう。ありえないと思うけど、頑張って。ボクは念の為にここにいるよ」
何を念の為と保険をかけているのかはわからなかったが、僕は構わず先に進んだ。
遥か長い道のりだろう。何日か掛かるも知れない。まぁ幸い、食糧もあることだし、最悪の最悪、今際の際には床を浸している液体を飲んででも生き延びてやる。
そんな覚悟を、ひそかに決めていたのだが……
「あれ、背中を取られるなんて、一生の不覚だね」
通路の先にはモシが座っていた。
彼に見送られて進んだ僕が、いつの間にか彼の背後を取っていた。
「まさか後ろから来るとは思わなかったな。どうしたの? 秘密の隠し通路でも見つけたの?」
そんなものはなかった。というか、さほど歩いたわけでもないし、後退した記憶もない。
ただ直線的に、盲目的にまっすぐ進んだだけなのだ。
モシの背後に回る要因などなかった。
「そんなものは……ありませんでした、けど」
「そう。じゃあやっぱりここからは出られない運命みたいだね」
……運命か。
僕はその場で地面にへたり込んだ。床を浸す液体の正体が何だとかはもう気にならなくなっていた。
理解したことがある。この旧世界はたったひと繋がりの道が無限に続いているのだ。モシの場所へ戻ってきたことを考えると、輪っかの上を走っているような具合なのだろう。
それはまぁいい。
問題は、この旧世界には発展性がないということだ。
六ヶ月前のあの旧世界では、扉を開いて先に進むことができた。景色は変わるし、人の居た跡も魔獣もいた。
そうやって何か少しずつでも変わり映えがあることで、あの旧世界から脱出ができたのだろうけれど、しかし、この白い通路の旧世界にはそれがない。
絶望的なまでにまるっきり変化しないのだ。
「こういうのって物語の中じゃ、お互い違う方向へ走ったりするのがセオリーだけど、君が背後から来たことを踏まえると、それも意味がなさそうだね」
うむ……どうしたものか。
「少し感じが違うけど、蠱毒をさせられているのかも……ね」
「こどく?」
こどく……孤独か? だとすれば孤独をさせられているというのはおかしな言い方だ。
「蟲の毒と書いて蠱毒だよ。昔に流行ったお呪いの一種なんだけど、毒虫や毒獣を一つの容器に入れて殺し合いをさせるんだよ。そうして最後に残った一匹にはどんなものでも殺す毒が宿ると言われていたらしいよ」
「それが、今と似てるって?」
「まぁ蠱毒というには数が足りなすぎるけど、もしかしたらそういう決裂を生み出すためにこの通路はあるんじゃないかな、と思ってね」
それは……それは流石に……
いや、そうとも言い切れない。この場所の構造物が破壊できないのは、いわば場所を保つため。そう、容器としての形を維持するための……。どこまでも続いているのは、逃げ道を無くすためであり、どこまでも追いかけるようにするため……
目の前の……目の前のこの男を殺せば、僕は出られるのか?
「ま、ボクなんか君の足元にも及ばないから、殺そうと思えば簡単に殺せるよ! 例え死んだとしても、ボクは運命だと受け入れて、君を呪ったり、恨んだりなんか絶対にしないからさ!」
もしもボクが今言ったことを試したくなったら、いつでも試していいよ。と、口元を歪めてモシは言う。
僕が、モシを、殺す?
それは冗談めいた響きだったが、しかし冗談で片付けるにはいささか重すぎる話だった。発言や思考を、慎重にしなければ、その凶行に走ってしまうとも限らない。
「ま、まだ試せることはあるでしょう。殺し合いなんて、そんな……」
僕の仲間たちは、そんな発想には至っていないだろうか?
殺せば出られるなどと、思ってはいないだろうか?
そんな愚かな人間たちでは――――
ない……はず、だ。
「試せることね……そんなのもうないと思うけど? 運命を受け入れなよ。いい加減見苦しくなってきたよ」
「……その、さっきから運命運命って、何なんですか?」
「……運命は運命だよ? 知らないの? この世界はさ、全ての物事の因果があらかじめ決められているんだよ」
モシは、初めて普通の顔、いわば真顔を見せて語り始める。
「石を投げれば地に落ちるように……川は海へと流れていくように……人はいずれ死ぬように……世界の物事は全て決められた道をなぞっているだけなんだ。君がどれだけ足掻こうとも、世界がどれだけ揺らごうとも、決められた運命を変えることはできない……」
そういう絶望的で完璧な世界に君は生きているんだよ。とモシは言い切った。
「そんなことないでしょう……どれだけダメでも、頑張れば運命なんて――――」
「『頑張れば運命は変えられる』? 僕の言った話、あんまり理解してもらえなかったかな? あのね、変えられないから運命なんだよ。抗えないし、逆らえないし、曲げられない。例え運命を変えることができても、その変わったと思っている運命すら本来世界を動かしている運命のうちなんだ」
モシはゆっくり立ち上がり、僕を見下ろして続ける。
「だから、君の努力や立ち向かう姿勢は全て無意味だし、君の仲間が目標に向かって明日へと踏み出す行為も全部無駄。定まったものからは逃れられないんだよ」
「そんなの、ありえないだろ! だって、もし本当に全ての物事が決まっているのなら、誰も幸せにならないわけだし、得にだってならないじゃないか!」
僕は立ち上がってそう言った。見下ろされているのが気に食わないというチンケな自尊心がそうさせたのだと思ってもらって構わない。
「……おかしなこと言うね。まぁ絶対的な真実を目の前にして眩むのはわかるけど、誰かが得をしたり幸せになったりする仕組みなんて簡単に破綻するものでしょ? 確かに君の言うとおり、運命は何にも味方しないけれど、故に絶対的なんだよ」
モシは続ける。
「誰も幸せにならないし、誰も得をしない。何をやっても無意味で無意義で無価値なんだから、運命は存在できる。そう思えば、君にも納得できるんじゃないかな?」
「そんな無茶苦茶な理屈があるか!」
「……はぁ、言ってもわからないか。君がその程度だったなんて、残念だったな……ま、しょうがないか。どうせ生き残るのはボクなんだし……」
「生き残るって……どう言う意味だ」
「わからない? 君みたいな矮小な人間には運命からは切り離されるって言っているんだよ。威厳溢れる絶対的な運命が言っているんだよ、ボクはここで死ぬ定めじゃないってね」
この分だと君の仲間も同じかな……と、モシが呟いたのを聞いた瞬間、僕は思わずモシに飛びかかっていた。
水飛沫が高く上がる。モシは床に倒れ、僕はその上に乗っかる形になる。
「僕の仲間は……! 僕は……! そんな人間じゃない……!」
僕がそう言ったかと思うと、いつの間にか僕はモシの首に手をかけていた。
両手で、丁寧に握りつぶす目的で。
右手の負傷が気になったが、力は思いの外入った。人一人の首を絞めるのには十分だろう。
この時の僕の顔は、相当醜く見るに堪えないほどに歪んでいたことだろう。
「……ふ、ふふ、あがっ、はは、や、やっと、ころ、殺してくれる、人に、出会えた……死ねる、運命に……」
モシは笑っていた。笑顔だった。今まで見たモシの笑顔の中で一番に酷い顔だったが、しかし、真の本心から湧き出る笑いとはまさにこれと言った具合に、彼は笑っていた。
感情が溢れたのは、人生で初めてといった風でさえあった。
「……がっ、ぐっ、ゲホッゲホッ! はぁ……はぁ……あれ? どうして辞めちゃったの?」
僕はいつの間にか、力を緩めていた。
正気に戻った、といえるほど、冷静でもなかったが、とにかく手を汚すことなく僕は踏みとどまった。
単純に、ムカついた相手の望む結果になることが、どうしても癪だったから、起こした行動を取りやめたのだ。
相変わらず、子供のような価値観である。
「……あなたの言う運命なんてのは、嘘ですよ。僕はあなたを殺さないし、僕は絶対に死なない。そしてここからも出ます」
「へぇ……だったら、やってみてよ」
僕は右腕の包帯を解いて、厳かに、なるべく格好をつけて、モシに言う。
「頭、守ったほうがいいですよ」
そうして、右腕に宿った魔力を、壁面に向かって全放出したのだった。
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