第三十四話 軽い剣、重い問い
「そうと決まれば善は急げ、だな」
ローディスは俺の手を引き、店の入口へと引き返した。
盾を選んでくれるんじゃなかったのか? そんな疑問をよそに、ローディスは店の扉へと一直線に足を進めている。
「そんじゃ、また来るわ」
「……おう」
店主の顔と声がいつもの様子に戻った。そっちのほうがあんたらしいぜ……
そのまま流されるように扉をくぐり、店の外へ出た。
「どこに連れてくつもりだ。防具を見繕ってくれるんじゃなかったのか?」
いまだに俺の手を引いていた、ローディスの手を軽く払いのける。
実は怪しい奴だったんじゃないかと、疑いの目で彼を見た。
「おっと、またやっちまった。悪りい悪りい」
両手を小さく上げ、軽く頭を下げるローディス。
そそっかしいだけかも知れないが、少し警戒しておいたほうが良さそうだ。
俺は自然と一歩後ろに下がり、彼と距離をとった。
「いや、まずは動きを見たくてな。この先に丁度いいとこがあるんだ」
ローディスは先の通路を指差す。
「……動きを?」
なんか、ちょっと前にも似たようなやり取りがあったように感じる。
まぁ、特に目的もない。時間もあるし、少しくらいなら付き合うか……
彼の動向を確認しながらも、その指差す方向へ歩を進めた。
◇
「……ここは?」
白い壁に囲まれたそこは、小さな広場のようだった。
一方の壁際には、人の形をした木製の像が何体も並んでいた。
「ここは衛兵隊の訓練所だな。どうだ、ぴったりの場所だろう?」
「勝手に入って大丈夫なのか?」
俺の問いかけが聞こえていないのか、ローディスは壁の影から簡素な剣を一本持ち出し、俺に手渡した。
手にした剣は、俺の持つ剣と形が良く似ていた。
「……おい」
「大丈夫大丈夫」
同様にローディスも一本の剣を手にしている。その剣は俺の剣よりかなり細身で、先端は針のように鋭く尖っていた。
続けてローディスがこちらに盾を投げて渡す。
俺は慌てて受け止め、左手に構えた。盾のサイズはいつも俺が使っていた盾とほぼ同サイズだった。
「さて、準備はできたな……」
なぜか後ろを向いたままのローディス。
その背中から、冷ややかな風が吹いた気がした。
「始めよう」
感じた風を再現するような鋭い突きが、勢いよくこちらへ飛んできた。
「うおっ!」
この唐突な感じ。これもつい最近味わった気がする。
咄嗟に盾を——と思ったが、前に構えるまでもなく、ローディスの突きは盾に衝突した。
キンッと甲高い金属音が耳に届いた。
一拍遅れて、額に冷たい汗が滲んだ。
「よく気づいたな」
「……はぁ」
何のことだかさっぱり分からない。
「大抵のやつは、びっくりして盾を前に出すんだ」
ローディスが左手を前に出す。見えない盾を表すように右手でその前に円を描いた。
「お前が持つ盾のサイズだと、今の俺の攻撃がここを捉える」
ローディスは描かれた円の少し外、はみ出した二の腕を指さした。
俺はたまたま軽く構えていて、動かなかっただけだ。
反応していたら、腕を貫かれていたということか……
なんだろう、この男——とんでもなく性格が悪そうだ。
「今、性格悪いなと思っただろ」
こいつ、俺の心を……
大げさに首を横にブンブン振った。
「……まぁいい。けどよ、魔物はこっちのことなんて考えちゃくれねえからな」
その言葉に頭の中で火花が散ったような感覚を覚えた。
確かにそうだ。俺は今、遊びのような感覚だった。しかし、これが実践なら……
武器を握る手に自然と力がこもった。息を吐き、目の前のローディスを見つめる。
「……いい目だ」
ローディスは軽やかに笑みを浮かべ、小さくステップを踏んだ。
そのステップに乗せるように細い剣先が俺を襲う。
舞うように飛び交う剣撃は一見軽そうに見えるが、しなやかな先端は鞭のように打ち付けられ、弾けるような衝撃が盾越しに手に伝わる。
俺は、ガルドの重たい剣とはまた違う脅威を感じていた。
「やっぱりいい動きするなぁ。そろそろ切り込んでくれてもいいけどな?」
無茶を言う……
こいつは今、自分がどれだけの速さで攻撃しているのか自覚はないのか?
決して重たい攻撃ではないが、かすりでもすれば容易に皮膚が裂ける。しかも、ただ激しいだけじゃない。
さっきから先端が執拗に盾の内側に入り込もうとする。
受ける角度一つで一撃を貰いかねない。
ただ――この軽さなら……弾ける!
俺はローディスの突きに合わせ、盾を前方から横に、大きく振った。
「おおっ!」
ローディスの細剣が大きく横に逸れた。
今だ!
「……甘いな」
俺が剣を振りかざすよりも早くローディスが動いた。
彼の手にしていた細剣は俺の盾に弾かれ、今は宙に舞っていた。
それなのに俺の懐に潜り込む。
まさか、拳か!?
ガルドより体躯の小さいローディスがそんなに強力な拳を振るうとは思えなかった。
だが、体は自然と身構え、全身に力が入る。重心を落とし、グッと地を踏みしめた。
それでも、一向に衝撃は来なかった。
視線を落とすと、ローディスの左手は確かに俺の腹部を見据えていた。
予想と違ったのは、その手には片手に収まるほどの小さな刃が握られていたことだ。
「チェックメイト、だな」
粘ついた笑みがやけに鼻についた。
彼がその気なら、本気で殺されていたかもしれない。
一気に足の力が抜け、その場に座り込んだ。
同時に先程弾いた細剣が地面にぶつかり、終戦の合図のように音を鳴らした。
「まぁ及第点、といったところかな」
そんなに動いてないはずなのに、やけに疲れた。
ローディスが差し出す手に掴まり、ようやく立ち上がった。
「お前さ……、ん? 名前なんて言ったっけ?」
「カイルだ」
そういえば名乗った記憶がない。
「そうか。カイルは……相手を傷つけるのが怖いのか?」
「いや、そんなことは、ないと思うが……」
今までだって何度も戦ってきた。
そりゃ生身の人間を意味もなく傷つけたくはないが、今問われているのはそういうことではないだろう。
「じゃあなぜ、攻撃してこない?」
まるでその問いは、子供が親に質問するような純粋な問いかけだった。
「言ってしまえば、俺の剣は軽い。盾じゃなく剣で応戦することもできたはずだ」
そう言われるとそうだ。しかしあの戦いの中で俺の頭には浮かばなかった。
考えるように俯いていると、ローディスが更に言葉を続けた。
「それとも何か、剣の腕に問題があるのか?」
その言葉を受け、俺は顔を上げた。
なぜか今日は俺の心を見透かされるようなことが多いな……
俺はついさっきまで目の前の男を怪しんでいたことも忘れ、右腕のことを語り始めた。
話をしている間、ローディスの細い眼がいつもより少し開いていたような気がした。




