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勇者の消えた世界で  作者: 紫京アイラ


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第三十五話 勝てばいい、の先へ

「……なるほどな」

 俺はローディスに右腕のことを打ち明けた。

 けれど正直に告げるのはどうかと思い、彼には「怪我の後遺症で動きが悪い」と、少し濁して伝えた。

 ヴェイドの話をしたところで変に混乱させるだけだしな……

 別に嘘を言っているわけではない。

 

 ローディスは少し考えるように頭を傾げたあと、自らが手にしていた細剣を俺に差し出した。

「それならこれはどうだ」

「俺が、その剣を?」

 言われるままに手に取る。思っていたよりも更に軽い。

 俺はさっきまで、この軽さの剣に圧倒されていたのか……

 眺めるように手首を返すと、刀身が簡単にたわんだ。

 

「普通の剣として切ることももちろんできるが、的確に急所を突くことに長けた武器だ。カイルのような“見えている”奴が使うにはちょうどいいだろう」

 ローディスが拳を握り、空を突く動作をする。

 こいつはどうも俺のことを買いかぶりすぎているんじゃないか……?

 しかし、この剣の軽さなら確かに今の俺でも扱えるかもしれない。

 握り心地を確かめながら、右腕を軽く振るう。

 痛みや違和感が完全に消えたわけではない。

 けれど、剣の制御に力が必要ない分、負担は遥かに小さく感じた。

 

 まるで初めて剣を握ったときのような高揚感。感覚が昔に戻ったかのようだった。

 剣を振れないと気づいたあの夜から、剣を握ることが少なからず不安だった。

 また誰かを傷つけるんじゃないかと。

 そして、弱った自分を感じるのが辛かった。

 この剣なら、少しは自信が戻るだろうか……

 

「気に入ってくれたか?」

「あぁ、でもいいのか」

「気にするな。カイルの戦い方なら盾もいるよな。ちょっと待ってな」

 そう言い残し、壁の奥へと消えたかと思うと、ガシャガシャと激しい物音が聞こえてきた。

 まさかとは思うが、勝手に拝借しようとしてるのか……?

「あったあった。ほらよ」

 小ぶりな盾が宙を舞う。

「うわっ! 危ねえ……」

 小さくても金属の塊だ。当たると痛い。

 咄嗟に掴んだ左の掌がじんじんと痺れる。

「へぇ、なかなか似合ってるぞ」

 盾を構えた俺の姿を見てローディスが言った。

 今までの盾と比べると一周りも二周りも小さく感じる。

 こんなもので攻撃を防ぐことができるのか……

 

「それじゃ、動いたら疲れたから俺は帰るわ。また明日ここへ来てくれ。じゃあな」

「……へ?」

 いや、俺はまだ何も理解できていないんだが……。勝手に連れて来て、勝手に帰るのかよ。

「おい! ちょっと、待てって。おい!」

 俺の呼びかけも虚しく、あっという間にローディスは俺の視界から消えた。

「まったく……最初から最後まで勝手な奴だ……」

 俺は訓練所の入口を見つめたまま、しばらく佇んでいた。

 その手には馴染みのない武具。胸には仄かな期待が込み上げていた。

 ――何かが変わるようなそんな予感。

「……明日も、来るか」

 小さな剣と盾を手に、ゆっくりとこの場所を後にした。

 

              ◇

 

「はあぁ!?」

 翌日、またこの場所に帰ってきた俺は驚愕していた。

 昨日は他に誰もいなかったこの場所には、何人もの衛兵が集まっていた。

 ただ俺が驚いたのはそのことにではない。

 衛兵たちの中心にはローディスの姿があり、衛兵たちは揃って彼のことを師と呼んでいたことにだ。

「……マジかよ」

「よお! 来たな」

 ローディスは相変わらず何を考えているのか分からない目で、こちらに手を振った。

 周りの衛兵がその様子を見て、揃って俺の顔を見た。

 皆、「誰だ、あいつ」と言いたげな表情だ。

 ローディスはそれを察してか……どうかは分からないが衛兵たちに向かって、こう宣言した。

「これから修行を共にするカイルだ。皆仲良くしてやれ」

 え? そうなの?

 思わずぽかんと口が開いた。なんだそれ、俺知らないけど……

 しかし、俺の心情とはお構いなしに、周りは歓迎ムードのようだ。

 さっきから「よろしくな」と背中をバンバン叩かれている。

 これは、断ろうにも断れなさそうだ……

 俺は無理やり口角を上げ、皆の歓迎を受け入れることにした。

 

「よし、じゃあ紹介も終わった所で模擬戦といこうか」

 ローディスのその声に衛兵たちは騒がしく動き始めた。

 そのうちの一人がどこからともなく小さな箱を持ってきて、台の上に置いた。すると衛兵たちは皆、それぞれ木片のようなものを次々と投げ込んだ。

 なんだ、あれは?

 不思議に思い覗き込んでいると、不意に後ろから声がかかった。

「おい、お前もこれに名前を書いて箱に入れろ」

 その男は俺に四角い木片を差し出し、俺が木片を手に取ると続けて墨のついた筆を手渡した。

 俺は言われるままに名前を書き、それを箱の中に入れた。

「よし、みんな入れたな。それじゃあ引くぞ」

 ローディスが箱の中に手を入れ、しばらく中をかき混ぜるようにしたあと、手を引き抜いた。その手には木片が二つ握られている。

 皆が見つめる中、ローディスはその木片を確認した。

「最初は——ミゲルとロイド! 二人は前へ!」

「「はい!」」

 名を呼ばれた二人が列から前に出る。

 なるほど、あれは模擬戦の相手を決めるためのクジってわけか。

 

 俺はローディスに手招きされ壁際へ寄り、彼の隣で模擬戦を観戦することにした。

 目の前で先程の二人が武器を構える。一人は手に片手剣を、もう一人は大剣を構えた。

 二人はローディスの掛け声でお互いへ向かって一歩を踏み込んだ。

 

 先に攻撃を仕掛けたのはミゲルと呼ばれた片手剣の男だ。

 下から掬い上げるような薙ぎ払いが大剣の男、ロイドを襲った。

 ロイドは焦ることなく剣先を下へ、丁度ミゲルの剣の軌道をなぞるような角度に剣を傾けそれを受け流した。

 剣と剣が激しくこすれ合い、閃光が散る。

「すげぇ……」

 ガルドが扱っていた大剣と同様の剣を振るっているはずのロイドだったが、その動きはまるで違っていた。なんというか、無駄がない。

 大振りなはずの大剣の隙を補佐するような足運び、そして“受ける”のではなく“流す”守りにミゲルの小さな剣は翻弄されていた。

 しかし、対するミゲルもやられてばかりではない。

 剣を振る強さや速さを、同じような攻撃の中でも細かく変え、フェイントをかけるようにロイドの動きを乱していた。

 二人とも今まで俺が知っている剣とは違う——剣そのものが持つ利点を最大限に活用し、かつ相手の弱点をしっかり見極めているようなそんな剣だった。

 

「どうだ、あいつらは」

 不意に隣から声がした。

 俺は目の前の光景に夢中になっていて、最初は誰が何を言っているのか気づかなかった。

「……あぁ、すごいな。いつもこんな感じで訓練を?」

 目は正面を捉えたまま、頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出した。なぜだか、この光景を見逃してはいけないと思った。

 隣でローディスがなにか喋った気がしたが、俺の耳には届かなかった。

 ただ、ほんの少しだけ小さな笑い声がしたような気がした。

 

 しばらくして目の前の戦いは決着を迎えた。

 結果は大剣の男、ロイドの勝ち。

 ミゲルは勝ちに急いで体力切れという形で勝敗が決した。

 そしてまた次の名が呼ばれるが、まだ俺の番ではない。

 その後も、様々な戦いを目撃した。

 大剣、片手剣に始まり、更に小さい短剣、鈍器に素手など——戦略や動きは全然異なる者同士の戦い。

 しかし共通していたのは、やはり己の持ち味を活かすために工夫された立ち回りだった。

 それは“一見すると不利な相手でも工夫次第でなんとでもなる”と行動で表しているようだった。

 

 そして、また目の前の戦いが終わる。

 そろそろ自分の番が来るかと身構えた時、頬に何か冷たいものが触れた。

 初めは一点だった冷たさが瞬く間に大きく広がる。

 ——雨だ。

 突然視界を覆い隠すような大雨。

「今日はこれで解散だ! 今日誰かと当たった奴は、戦いの内容をしっかり振り返っておくように!」

 ローディスが言い切る前に、周りの皆は帰り支度を始めていた。雨が地面を打つ音を隠すくらいの足音が一斉に響く。

 その音の中に紛れて、ローディスは更に言葉を続けていた。

「勝った奴もそれで終わりじゃないぞ! どうすればより良く勝てたのかちゃんと考えるようにな!」

 その声に周りの皆は軽い返事を返していた。

 

「こんな天気じゃ続きはお預けだな。嫌じゃなかったらまた来てくれ。じゃあな」

 ローディスが俺の肩を軽く二回叩いたが、俺は一言も返せないでいた。

 彼が放った言葉が、やけに胸に引っかかっていた。

 

『どうすればより良く勝てたか』

 

 考えたことがなかった。

 今までの戦いはいつも必死で……なんとか生き残ってきた。

 それでいいと思っていた。

 勝てれば、生きていればそれで良かった。

 でも——それじゃだめなのかもしれない。

 これからはがむしゃらなだけでは、だめなのかもしれない。

 じゃあ、どうすればいい?

 

 全身が激しい雨に打たれ、凍えるように冷たいはずなのに何も感じない。むしろ胸の内が熱いような。

 俺はその熱さに耳を傾けるようにそっと目を閉じた。

 深く呼吸を繰り返すにつれ、雨の音がスッと遠ざかっていく。

 

 頭の中で繰り広げられるのは、今までの光景。

 まるで現実のように思い返される光景に自分の身体を重ねる。

 

 あの時、こうすれば良かったか?

 

 この時は、ああいうやり方もできたかもしれないな……

 

 そうすれば——二人を泣かせずに、済んだかな。

 

 想像の中の俺は何でもできる気がした。

 そんなことを考えた矢先、久々にあの声が聞こえた。

 それはいつもの低い声だったが、少し温かみがあるような声に感じた。

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