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勇者の消えた世界で  作者: 紫京アイラ


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第三十三話 変わり始めた歯車

 しばらく皆で喜びを分かち合っていると、街から新たにやってくる者たちがいた。

 彼らはその手にハンマーなどの工具を持ち、その後ろからは資材を積んだ荷車がゆっくりと追いかけて来ていた。

 戦士とはまた違う体つきをした彼らは「ここからは俺たちの仕事だ」と言わんばかりに、先ほどまでは戦場と化していた場所を我が物顔で歩く。

 何人かの兵士はそれを手助けするように、瓦礫を撤去するなど、各々自らの役割を果たそうとしていた。

 

 どれだけ壊されてもすぐに修復し、いつも通りの街へ戻していく。

 その慣れた動きは、この街が過去にも何度も同じ被害を受けてきたことを容易に想像させた。

 俺はただ、その様子を感心して眺めていた。

「……戻ろうか」

 ここに居ても邪魔になるだけだ。

 そう思い、街の方へ歩き出した時——

 

「カイルさん」

 

 背後からリディアの声。

 いつも通り落ち着いている彼女の声だが、この時はいつも以上にゆっくりと、低く聞こえた。

 

「リディア。すごい活躍だったな」

 俺はふと、先程の彼女の動きを思い出していた。

 魔物の群れの中でも躊躇わず、祈りを続けていた彼女に賞賛の声を贈った。

 しかし、俺の言葉にリディアは喜ぶどころか、憂いを帯びたような目でこちらを見つめていた。

 

「……どうして、隠していたんですか」

 

 彼女の思いもよらぬ発言に、一瞬思考が停止した。

 足を止め、彼女の方へ向き直る。

「右腕の怪我の事です!」

 俺の言葉を待たず、リディアが声を荒げた。

 彼女に似合わない振る舞いに、俺は戸惑いを隠せないでいた。

 それでも、今にも泣き出しそうな顔をしている彼女に、何か答えなければ、と必死に言葉を探した。

 

「心配……かけたくなかったんだ」

 咄嗟に口から出た言葉。嘘ではない。

 俯き気味にかけた言葉に、リディアが言葉を返す。

「言ってくださいよ! 私だって……力になりたい」

「すまない……。でも、これは俺の問題なんだ」

「俺の問題……ってなんですか! 私たちは仲間じゃないんですか!?」

 リディアは声が裏返ることも気にせず言葉を続ける。

 いつもと違い、ありのままに感情をぶつけてくる彼女を見て、胸が苦しくなる。

 けれど、この代償は祈りではどうにもならない。少なくともそう思っている。

 

「私のこと、信じてくれてないんですか……」

 

 静かにそう告げた彼女の頬には、涙が伝っていた。

 今まで俺の目を見ていた彼女の瞳は、今は地面に向けられていた。

「いや……そんなことは……」

 咄嗟に弁明しようにも、吐き出そうとした言葉は喉の奥で止まった。

「……もういいです」

 リディアはこちらを振り向くことなく、人の流れの中に消えていった。

 頭の中では追いかけるべきだと分かっていた。

 しかし、今彼女の隣でかける言葉が思いつかず、足が動かなかった。

 

 そんな中、セラが心配そうな目で俺を見た。

 とても笑って返すことができなかった。

「……リディアを頼んだ」

 なんとかそう告げると、彼女は小さく頷き、街の中へ駆けていった。

 

 後ろで忙しく復興が行われる声の中、俺の周りだけ嫌に静かになったように感じた。

 けれどその静けさの中でざわつく心だけは、うるさいほどだった。

 

 街の中を一人で歩く。

 たまには、一人もいいかもな——なんて、“一人”を実感すればするほど虚しさが胸を通り過ぎた。

 足取りは重く、視線は地面を捉えたままだった。

 深く息を吐き、ぐっと両手を握りしめ、手を開く。

「……よし」

 思い切り両手で頬を叩いた。

 パンッと張りのいい音が頭に響いた。

 ……今、俺にできることをやろう。

 まだ少し重たい足取りのまま歩いた。

 

 そうして向かった先は、昨日訪れた武具屋。

 このボロボロの盾をなんとかしなくては。

「……らっしゃい」

 扉をくぐると、昨日と同じく無愛想な店主が迎えた。

「盾を見せてくれ」

 そう告げると、店主は無言で盾の並べられた壁を指差した。

「……ありがとう」

 店主に一瞥し、店内奥へ足を進めた。

 

 壁に掛けられた盾を眺めていると、突然扉の外から賑やかな声が聞こえてきた。

 その声に耳を傾けると同時に扉が開く音がした。

 ふと視線をやると、一人の男性が店に入ってきた。

 その男性は入ってくるや、親しげに店主と話し始めた。

 どうやら顔なじみの客のようだ。

 客が何かを店主に告げると、さっきまで無愛想だった店主が低い声で小さく笑い声をあげる。

 あんた、笑えるんだな……

 

 そんな二人のことをなんとなく眺めていると、客の男と目が合った。

「……おい、そこのおまえ!」

 男がこちらに近づいてくる。やばいな、ジロジロ見すぎたか……

「すまない、悪気はないんだ!」

 男がそれ以上言う前に頭を下げた。

 面倒事は起こしたくない。どうにか引き下がってくれ……

 そんな考えも虚しく、男は俺の両肩を両手で力強く掴んだ。

 どうしたものか……

 なんとか振り切って逃げられないかと考えた。

 しかし、男が次に口にしたのは思いがけない言葉だった。

 

「やっぱり、さっき街の前で戦ってた奴か!」

 男は「助かったよ」と俺の両肩を掴んだまま激しく揺すぶった。

「あなたは一体……」

 ぐらぐらと定まらない視界のまま問いかける。

「俺か? 俺はローディス。いきなり騒いで悪かった!」

 困惑する俺の様子に気づいてか、肩から手がパッと離れる。

「いや、大丈夫だ」

 改めて目の前のローディスと名乗った男を目にした。

 全体的にスラッとした見た目ではあるが肉付きは悪くない。

 短く整えられた銀髪と細く切れ長の目。

 まるで正装のように見えなくもない不思議な漆黒の装いが目を引いた。

 歳は俺より十ほど上だろうか。

 口ぶりからすると、この男も先程の戦場にいたのだろう。

 

「さっきも見ていたが……その盾、派手にやられたな」

 男が俺の盾を指さした。

「そうなんだ。流石にこのままでは戦えないからな」

 俺は背後に並べられた盾を見渡した。

「どれにするか決まったのか?」

「いや、なにがいいのかもさっぱりだ」

 小さく息を吐き、肩をすくめた。

「じゃあ……俺が見繕ってやろうか?」

「へぇ?」

 予想していなかった急な申し出に、思わず変な声が出た。

「どうだ? 悪い話じゃないと思うが」

 男は細い目を更に細め、口角を吊り上げた。

 

 俺はこの男がなぜ気をかけてくれるのか疑問に感じたが、意外と嫌な気はしなかった。

 その瞳の奥で何を思っているのか、気になった。

 確信はないが悪い人ではないように感じる。

「……お願いしてもいいか?」

 気づけば首を縦に振っていた。

「よし、それじゃ早速やるか」

 俺の言葉に、ローディスは興味深いものを見つけたように笑みを浮かべた。

 

 こうして俺はローディスと出会った。

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