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銀色の渡り鳥~異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい~  作者: 紺名 音子
本編

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第90話 異世界での修学旅行・2


 昨日とはうってかわって気持ち良い青空と、所々で浮かぶ白い雲。

 そして行きかう人達の喧騒、皇城の中ではけして感じる事のなかった開放感――全てが全て、とても心地よかった。


「では、邪魔な年寄りどもはここで待っておる故、若人達はどうぞ仲良く。メイド達も今は主達の邪魔をせず、この辺りで羽を休めるように。ここで朝食を取るならワシが金を出そう」


 そう言ってカフェのオープンテラスの椅子にどっかりと座ったリアルガー公の傍に、緩やかな赤茶の長髪を雑に纏めた妖艶な年配女性が座る。

 胸元が大きく開き足元にも大胆にスリットが入った赤のドレスを着こなすその姿は――


(間違いない、あの人がアシュレーのお母さんだわ……)


 弱肉強食の世界<ル・ジェルト>から来たツヴェルフ。

 想像からそう遠くない、美しく逞しくメリハリのある姿と椅子に立てかけられた使い込まれた感のある手斧にちょっと感動する。


「失礼ですが、リアルガー公……流石にメイドは傍にいさせませんと、万一の事があったら……」


 この状況にあまり乗り気じゃないらしいメアリーが苦言を呈するも、片手で遮られる。


「万一の事があればワシが責任取る。それにツヴェルフがこの世界に来てもう10日も経とうというのに、ツヴェルフがここの市民に心奪われるような事が起きるようなら……所詮いょせんお主らがその程度の男だった、という事よなぁ?」


 リアルガー公がニヤニヤしながら男性陣――クラウス、ネーヴェ、リチャード、アシュレーの4人を見つめる中、クラウスが背を向けると目つきが厳しいものにかわる。


「待てクラウス卿。貴公には話したい事が山のようにある。アスカ殿とのデートはワシの話を聞いてからにしてもらおう」


 クラウスは心底嫌そうな顔をして振り返り、リアルガー公をしばらく見据えていたけど、重いため息をついて肩をすくめた。


『はぁ……逃げられそうにないね。アスカにお金渡しておくよ。これで好きな物買ってくるといい』


 そう言ったクラウスから白い布袋を手渡される。

 大きさに似つかわしくない重みと、チャリ、と金属が擦れる音から袋の中に入っているのは硬貨だろう。


「え……私、話が終わるまでその辺で待ってるわよ?」


 リアルガー公がクラウスに話したい事は、多分会議やパーティーに出ない事に対するお説教だ。

 流石にクラウスがお説教されてるのを放置してクラウスのお金で街を楽しむのは気が引ける。


「その気持ちだけで十分だよ。こうやってツヴェルフが一堂に介する機会は滅多にない。あの人が言うように、今日は皆で楽しんできたら良い」


 クラウスは優しさを帯びた声でそう言うと、リアルガー公に相対するように座った。


(クラウスがそう言うなら、とりあえず露店を見て回ろうかな……)


 カフェから背を向けて、歩きながら持たされた白い袋の中身を確認すると、眩いばかりに金貨が詰まっている。


 一昨日の授業でやっていた通貨の説明を思い返す。


 日本の円で例えると硬貨は500円玉より一回り大きく、金貨は1枚10万円、銀貨は1枚1万円、銅貨は1枚千円、鉄貨は1枚百円。

 それぞれ半分の大きさの小硬貨も存在し、それらは5万円、5千円、500円、50円の役目を果たしている。


 紙幣は存在しない。メアリー曰く『紙なんて不安定で燃えやすい物をお金には出来ません』らしい。


 そう言われてみると確かに、紙切れで食べ物や衣服と交換できる地球の方がおかしい気がしてくるから不思議――って、そうじゃなくて。


 嫌な予感がして袋の底を持って揺さぶってみる。

 金貨がザクザクと音を立てて揺れるばかりで、銀貨も銅貨も見当たらない。


「クラウス、銀貨、銀貨無い!? 銀貨1枚で十分だから!!」

「アスカ様、銀貨でしたら僕が両替できますから……!!」


 振り返ってクラウスの元に歩き出そうとした私の前に、リチャードが立ちはだかる。

 そして2人の邪魔をしちゃいけないと言わんばかりに通りの端の方に誘導されるや否や、リチャードが使い込まれた感ある黄土色のがま口財布を取り出し、金貨1枚を銀貨10枚に両替してくれた。


 その際、がま口の中にある1枚の金貨に少量の銀貨や銅貨が見えてちょっと親近感が湧く。

 いや、私の財布に6桁のお金が収まった事なんて数える程しか無いから、リチャードも十分お金持ちなんだろうけど。


 両替ができて一安心したところで、改めて露店通りと言われる通りを見渡す。


 中世ファンタジー世界の街を思わせるような、2階建ての建物が両脇に並んで道を作り、建物の入り口を避ける様にして様々な露店が並んでいる。

 まだ7時になってないのに、人通りが多い。


 そして2階から見下ろす人や立ち止まる人、行きかう人の視線がこちら、あるいはカフェの方に向けられている。


 公爵家の馬車、赤の公爵に幻の貴公子、有力貴族にメイドにツヴェルフに――その全てに珍しいものを見るような視線がまんべんなく向けられている。


 そんな異様な状況をチャンスと捉えたのか、建物のお店もいくつか慌ただしく開きはじめたようだ。

 建物の店の前に並ぶ露店の人達も、気合いが入ってるように見える。


「アンナ、どうする? 親父の言う通りデートでも良いし、女同士で見て回っても良いぞ。それだったら俺、お前の魔力調節できる範囲で離れてついて行くから」


 皆、私とリチャードの両替についてきたようだ。仰々しくてちょっと申し訳なくなる。


「アシュレー……ありがとう。じゃあ私はアスカさん達と街を見て回りたいです。これが最後になるかもしれないから……」

「最後? まあ街に皆で来れる機会はもう無いだろうけど……アンナがアスカ達に会いたいと思った時は、いつでも会っていいんだぞ?」


 不思議そうに両手を上げて肩をすくめたアシュレーの言葉に、女性陣一同沈黙する。


「……皆がそろう機会なんてもう無いかもって思ったら、確かにここは女性陣だけで騒ぎたいわね。優里とソフィアは?」


 沈黙を振り払うように笑顔を作り出して2人に意見を求めると、優里とソフィアも笑顔で応じる。


「賛成です……! 何だか修学旅行みたいですね!」

「そうね。私まだそんなに授業受けてないけど、せっかくだし楽しませてもらうわ」


 授業が終わって皆散り散りになる前に語り合えるこの時間は――まさに修学旅行なのかもしれない。


「では男性陣は少し離れた所で見守りましょう……ネーヴェ様もそれでよろしいですか?」


 私達が笑顔で話し合う様子を見たリチャードが、すぐ傍のネーヴェに問いかける。


「あまり離れた位置にいると、襲撃があった時に守りきれません」

「親父が大丈夫だっつってんだから気にすんなよ」


 これだけ距離が離れてるのにどうやって私達を守るのか気になるけど、今せっかく楽しいムードなのに誰かに襲われる話をするのも気が引ける。


「そうだアンナ、欲しい物あったら呼べよ? 一応金持ってきてるから」


 アシュレーはポケットから一枚金貨を取り出して指で真上に弾き、落ちてきた物を掴む。

 掴み損ねて何処かに転がっていったら百円でもショックなのに、よく十万円の金貨でそのアクションが出来るなと思う。


「ソフィア様も、何かあれば言ってくださいね。そんなに高い物買えないんですけど、ちょっとした物なら買えますので……」


 がま口財布を両手で大切そうに持ちながら、ソフィアの為に何か買ってあげたいと思うリチャードの心意気に、やっぱりキュンとしてしまう。


(……私、健気で報われない男性に弱いのかもしれない)


 リチャードにキュンとしたからって、彼とどうこうなりたいって気は一切ない。

 ただ、他人の恋路はつい応援したくなってしまう。


「あら、リチャードは気にしなくていいわ。クラウスのお金で買うから」

「そ、そうですか……」


 そう言えばクラウス、馬車の中でソフィアも好きな物買うと良い、みたいな事言ってたっけ。それで遠慮なく買えるのすごいな。


 それにしても――ソフィアは何でここまでリチャードに素っ気ないんだろう?

 昨日のやり取りが本当に気に障ってるんだろうか?


 その割にはメイドは嫌だけど、リチャードが良いとか言うし――これがいわゆる<小悪魔>の為せる業なんだろうか?


「……ユーリも欲しい物があったら、遠慮なく言ってください」


 内心どう思ってるのか分からない表情のネーヴェに言われた優里は、ちょっと気まずそうに笑う。

 確かに10歳前後の子に支払いさせると思うと激しく憂鬱だ。

 この300万円くらいの金貨が入った袋を持たされる事と、どっちがより憂鬱だろうか?


(この状態でスリとかにあったら私、クラウスにあわせる顔が無いわ……)


 かと言って、クラウスから直接渡された大金をアシュレーやリチャードに持ってもらうのも気が引ける。

 話が終わったらクラウスを解放するというリアルガー公の言葉を信じて、自分で持つしかない。


 早くクラウスが合流してくれる事を祈りつつ、私達は露店に向けて歩き出した。



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